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ウィルタ(オロッコ)について

ウィルタ

ウイルタと夏の住宅

もともと大陸に根拠をもつ民族でツングース系に属し、樺太の主に敷香や多来加周辺に居住していたようです。自らはウィルタと称し、アイヌや和人からはオロッコと呼ばれていました。昭和16年の樺太庁の調査によると敷香支庁中心に278人のウィルタが記録されています。

社会生活

ウィルタはガザと呼ばれる集団で生活をしていたようです。アイヌのコタンと異なり定住せず、ある一定の地域内をトナカイと共に移動しながら生活していたようです。また生活余剰品を樺太アイヌや大陸の山丹人と交易していたようです。

四季の生活

雪のない初夏から秋の間は、トナカイの背に家財道具を積んでトナカイの好むツンドラを求めて移動しながら、漁猟して生活しており、厳しい冬に備えるために食料の保存をしたのは樺太アイヌと同様である。冬場はトナカイを森林に放し飼いにし自らは冬用の住居を作って雪解けまで生活していたようです。樺太アイヌと同様に魚獣の肉や木の実・草の根を食したようですが飼育するトナカイは食せず、移動の手段や皮を衣服や住居に使用したようです。

初夏から秋の移動して暮らすときは、木の皮を剥いで屋根を覆った仮屋に住み、冬場は樺木皮や魚皮を使った屋根を覆った住居に住んでいたようです。

衣服

樺太アイヌとは異なり、獣皮や魚皮に頼っていたようです。

宗教

宗教はツングース族間で行われていたようにシャーマニズムで、人間の中で特殊な性質を帯びたシャーマンが必ずいて祈祷や宗教的行事を行ったようです。

居住地

主に敷加のタライカ周辺に居住していました。タライカには他にもニブフやキーリン・サンダー・ヤクートなど北方少数民族が居住していました。

付記

樺太だけでなく北海道の網走にも定住していたようで、網走市には定住していたウィルタのダーヒンニェニ・ゲンダーヌ氏の作った資料館「ジャッカ・ドフニ」があります。またウィルタ協会もあります

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