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宗谷北線(雄信内ー稚内)のアイヌ語地名A

宗谷北線
こちらの素晴らしいトップ写真のみリンクサイト「くもゆに写真工房」にご協力いただきました。

正式名称は宗谷本線(旭川ー稚内)ですが、ここでは名寄以北の宗谷北線のアイヌ語地名を紹介いたします。Aでは雄信内〜稚内間をご紹介します。「なんで夏と冬の写真があるの」といった厳しいご指摘はご容赦ください(^^:;大概冬が多いんですが夏も行くんです。(笑)

雄信内駅

冬は保線員が常駐する雄信内駅

(雄信内−豊富)

雄信内を出て北に進路をとり天塩川を車窓左側に見ながら列車は稚内を目指します。天気がよければここからが利尻の見える最初の場所になります。

しばらくすると、次の安牛に到着、アイヌ語のヤスウシで、ヤ・ウ・イ(網ですくう・いつも〜する・ところ)で天塩川沿いでアイヌの人たちが網で漁をしたところです。天北線にあった安別のヤスも同じ意味で使われたアイヌ語地名です。

安牛駅

安牛駅は貨車を再利用した簡易駅舎

名寄からずっと一緒だった天塩川も次の上幌延の手前で別れをつげます。上幌延を出発するとすぐに小さな橋梁を2つ通ります。最初の川はペンケオコッペ川=ペンケ・オ・ウコッ・ぺ(川上の・川尻で・くっつき合う・もの)次の川はパンケオコッペ川=パンケ・オ・ウコッ・ぺ(川下の・川尻で・くっつき合う・もの)を意味するアイヌ語地名です。

今でこそ上幌延ですが、オコッペでも地名としてはふさわしかった上幌延です。

上幌延駅

こちらも簡易駅舎の上幌延駅

列車は幌延に到着します。幌延は、留萌方面に羽幌線が、昭和23年までは天北線の沼川まで殖民軌道の幌沼線が存在したようです。現在は稚内へ伸びる宗谷本線だけとなりました。ちなみに殖民軌道は馬力線だったようです。

幌延駅、列車のいない右ホームより羽幌線が出ていた。

駅名はアイヌ語のポロヌプで、ポロ・ヌ(大きい・原野)からきています、実際この先からサロベツ原野が広がります。また、列車からは見えませんがこのあたりで天塩川が大きく屈曲していることからポロヌタプと呼ばれ、ポロ・ヌタ(大きい・川曲がりの屈曲地)という意味からきたアイヌ語地名とも考えられます。

2007年の夏前にいつのまにか2番ホームの屋根が無くなってました(涙)

ちなみにポロヌプは天塩川の河口近くにあるアイヌ語地名でした。市街地はウブシと呼ばれていました。駅手前で渡る短い鉄橋は上鵜伏橋梁です。ウブシはアイヌ語のフプ・ウ(椴松・群生するところ)の意味です。現在も天塩川を渡った地区に産士(ウブシ)地区があります。

幌延を発車するといよいよ牧歌的なサロベツ原野が広がり、運がよければ利尻の山を望むこともできます。利尻が見えれば北海道らしい風景が楽しめます♪

利尻

車窓から見た利尻

列車はサロベツの広い原野を走りながら下沼(和名)と停車しますが、近くにあるパンケトーを意訳したものです。パンケ・ト(川下の・沼)を意味するアイヌ語地名です。車窓からは残念ながら見ることができません。

相変わらず冬は真っ白な雪原を走り、パンケエベコロベツ橋梁を渡ると程なく豊富駅に到着します。駅は和名でアイヌ語のエベコロベツすなわち、イペ・コ・ぺッ(食べ物・持つ・川)を意訳した地名になっています。

豊富駅

豊富駅とキハ54

かって豊富から山元まで日曹炭鉱専用鉄道が昭和47年まで走っており、炭鉱付近はたくさんの住民で賑わったそうです。現在は、石油試掘の際に発見された温泉が有名です。90年代初め頃までは沿岸バスの豊富温泉方面は終点が江辺頃別でしたが、今は羽幌線の代替バスと合わさってバス停も消えています。

駅名標

個人的にはこんな駅名標がよかった豊富(^^;;

(豊富〜稚内)

列車は徳満(和名)をすぎサロベツ原野や利尻を車窓の共に北へ向かいます。途中、短いモサロベツ川橋梁とサロベツ川橋梁を渡ります。アイヌ語のモサロベツサロベツで、モ・サ・オロ・ぺッ(小さい・葦原・中の・川)、サル・オロ・ぺッ(葦原・中の・川)を意味するアイヌ語地名です。

サロベツ駅はありませんが、アイヌ語のサロベツを意訳した芦川駅がありました。しかし近年利用者低迷で廃駅になっています。サロベツは札幌−稚内間の特急列車の愛称として使われています。

特急サロベツ

札幌駅行きの特急サロベツ

列車は、兜沼駅の手前でサロベツの語源になったサロベツ川を渡り、宗谷北線では珍しく新しい駅舎になった兜沼駅(和名)につきます。

兜沼駅

冬の兜沼駅

兜沼駅のホームから駅舎の反対側に兜沼を見ることができます、アイヌ名はぺライサルトーと呼ばれ、ぺライ・サ・トー(釣りする・葦原の・沼)を意味するアイヌ語地名でした。

兜沼

車窓から見た夏の兜沼

また駅前には、兜沼の旧郵便局の瀟洒な建物が残っています。この建物は2008年夏に放映された日本テレビ「霧の火」で樺太眞岡の眞岡郵便局としてロケに使われた建物です。時間がある方はぜひ見て頂きたい建物です。

兜沼郵便局

樺太ドラマ「霧の火」のロケに使用された兜沼郵便局

列車は牧歌的なサロベツ原野を走りますが、次第に熊笹に覆われた文字通り人跡未踏の丘陵原野を走るようになります。現在もここには鹿さんなど動物たちの領域です。

勇知

兜沼〜勇知の車窓(冬は利尻が見えない日が多い)

キハ54

兜沼〜勇知間を走行中の普通列車

まもなく勇知駅に到着します。勇知はアイヌ語のユウチからきており、イ・オ・イ(それ・多い・処)で熊かあるいは蛇など畏れ多い動物が多かったところから名付けられたアイヌ語地名です。以前は海岸付近にあったアイヌ語地名でした。

かってはこの勇知駅から下勇知まで馬力の殖民軌道が走っていたようです。(1958年廃止)

勇知駅

旭を浴びる勇知駅

勇知は、現在も駅の利用客がいるほか小さいスキー場や雪祭り、「悠々ファーム」さんや「あとりえ華」さんなど見所が結構ありますので時間がある方は要チェックの場所です(笑)

列車は熊笹の原野や牧草地を走り、北海道らしい景観を車窓から楽しめる区間です。こちらの地区の牛乳、美味しかったですよ♪。

抜海

夏は牧草が美しい抜海村クトネベツ地区(車窓より)

特急はなたび利尻

抜海駅運転停車中の特急「はなたび利尻」も現在は廃止

列車はやがて次の抜海駅に到着します。抜海駅は映画「南極物語」のロケに使われ高倉健さんが降り立った駅でもあります。また最北の木造駅舎があり近年人気がある駅です。

風格ある駅舎が人気の抜海駅

抜海はアイヌ語のパッカイぺで、ポ・カ・ぺ(子・背負う・もの)からきたアイヌ語地名です。同じ語源の地名に瀬棚近くの梅花都(ばいかつ)があります。

駅から30分歩くと語源になった抜海岩を見ることができます。とても大きい岩でオホーツク文化の洞窟が稚内市の指定史跡に認定されています。またここからの利尻は素晴らしいの一言に尽きます。港では冬場にゴマちゃんを見ることもでき近年稚内の冬の観光スポットとして注目を浴びています。

抜海岩と利尻(駅から歩いて30分ほど)

抜海には私のお気に入りの「利尻の見える宿・ばっかす」さんがあります。宿からも利尻を見られる比較的新しい旅人宿です。食事もおいしくお奨めの旅人宿です。

抜海駅を出ると、いよいよ稚内へ向けてラストスパートです、まず防風林を見ながら久戸根川橋梁を渡ります。川の名はクトネベツ川でイタドリの川を意味するアイヌ語地名です。ちなみに抜海駅の住所は抜海村字クトネベツです。

特急スーパー宗谷

久戸根川橋梁を渡る特急スーパー宗谷

列車は次第に熊笹に覆われた原野を走り、こんな先に本当に稚内市があるのだろうかと思うような原野が続きます。列車が徐行をかけると車窓左側にに、利尻・礼文が見える絶景が広がります。(天気がいい日はだいたい徐行してくれます。)私にとっては車窓日本一の場所です。

利尻

天気がよければこんな利尻が見える絶景です(車窓より)

夕暮れ時もお勧め♪右側の平らな島は礼文島です。(車窓より)

まもなく原野から突然家並みが現れ、スキー場が左手に見え稚内の町が広がり、小さな第一・第二犬獅駒内川橋梁を渡れば南稚内に到着します、犬獅駒内はアイヌ語のエノシコマナイから来たアイヌ語地名でエ・ノシケ・オマ・ナイ(川頭が・真ん中に・ある・沢)を意味します。

南稚内の集落自体はアイヌ語でクサンルと呼ばれた場所でした、ク・サン・ル(私・下る・道)を意味するアイヌ語地名です。

南稚内

第2犬獅駒内川橋梁

南稚内駅ですが以前は天北線が分岐していました、市民の利用が多いのが特徴で現在は稚内駅とほぼ乗降客が変わらないほどになっています。市民からは南駅と呼ばれています。

特急サロベツ

南稚内停車中の特急サロベツ

南稚内駅の語源は稚内と同様にアイヌ語のヤムワッカナイからきており、ヤ・ワッカ・ナイ(冷たい・飲み水・沢)の意味です。松浦武四郎の東西蝦夷山川取調図には小さくヤムワッカとだけ記載され非常に小さい地名だったことが窺い知れます。稚内までの途中にある真言寺横の沢が語源になったヤムワッカナイの沢になります。

稚内の語源になったヤムワッカナイの沢

列車は発車すると右手にJRの車両基地を見ながら高架線を走り、2008年オープンの副港市場を見ながら終点の稚内駅に到着します。皆様、お疲れ様でした。尚、利尻礼文へのフェリーターミナルの場所が変わりましたのでご注意ください。

稚内駅

稚内駅、昭和の初期は稚内港駅だった。

尚、トップの写真をご協力頂きました「くもゆに写真工房」くもゆにさんのサイトには宗谷北線や稚内の風景写真が満載大変素晴らしいサイトです。ぜひこちらも御覧下さい。

くもゆに写真工房

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