<<北海道アイヌ語地名サイト カムイミンタラに戻る
宗谷北線(名寄ー雄信内)のアイヌ語地名

宗谷北線(名寄ー雄信内)のアイヌ語地名

正式名称は宗谷本線(旭川ー稚内)ですが、ここでは名寄以北の宗谷北線のアイヌ語地名を紹介いたします。まず@では名寄〜雄信内間をご紹介します。「なぜ雄信内なの?」なんて厳しい突っ込みはご容赦くださいませ。

(名寄ー美深)

現在この区間は、宗谷北線運輸営業所が設けられています。宗谷北線の起点となる名寄駅は以前、宗谷本線だけでなく、紋別方面に名寄本線が、朱鞠内方面には深名線が走っていましたが現在は宗谷本線が北に延びるだけになってしまい、昔を知るものには寂しくなりました。

名寄駅
以前は青屋根だった名寄駅

駅名の名寄ですがアイヌ語のナヨロからきており、ナイ・オ(川・の処)の意味で名寄川を指したアイヌ語地名です。駅舎自体は昔ながらの風格ある駅舎です。名寄駅を発車した列車は、市街地を抜け名寄川を渡ると程なくして最初の駅 日進駅に到着します。

日進駅
朝の日進駅

日進の地名は和名で入植者が日進月歩から名付けた地名です、利用者が少ないことから廃駅候補に一時期なったようですが、近年名寄サンピラーユースができたことから宗谷北線内では非常に珍しく利用者が増え廃止の心配はなくなりました。

ユース自体にわたしも泊まりましたが、新しいし奇麗でとても居心地のいいユースでお奨めです。列車が出発すると車窓の右手になだらかな高い山が見えますが、この山は九度山といいアイヌ語でクトヌプリといい、ク・ウン・ヌプリ(岩崖・ある・山)からきています。山頂には語源になった岩崖があるそうです。

この山の斜面にピヤシリスキー場やサンピラー温泉があります。温泉は、ピリッとした暖かさがしますが、湯上りの外の寒さだけが印象に強く残っています。

日進を出ると大河天塩川が車窓左手に見えてきます。次に智東(和名:智恵文の東にある地区のため)に到着します。

天塩川
智東付近から見る天塩川

このあたりの天塩川は滝のように流れが速いことからアイヌ語でペンケシュポロ・パンケシュポロといい、ペンケ・シュポロ(川上の・渦流)パンケ・シュポロ(川下の・渦流)といわれ交通の難所だったようです。実際に明治44年には船が転覆し15人が亡くなったそうです。(最後は秘境駅といわれた智東駅は2006年廃駅となりました。)

智東駅を出るとすぐに渋谷川の橋梁を渡りますが、この川はアイヌ語のシュプヤオマプといい、シュプン・ヤ・オマ・プ(うぐい・岸・にある・もの)と思われます。次の北星駅(和名)を出るとやがて、智恵文駅に到着します

智恵文駅
智恵文駅

智恵文はアイヌ語のチェプウント−からきていて、チェプ・ウン・ト−(魚・そこへ入る・沼)を意味します。現在の智恵文沼は天塩川の河跡湖で車窓左手に見ることができます。次の智北を過ぎて上新府川橋梁を過ぎると南美深に到着します。

上新府川はアイヌ語のペンケ二ウプからきており、ペンケ・ニウプ(上の・仁宇布川)からきています。廃止された美幸線の仁宇布駅や辺渓駅はどちらもペンケニウプの川沿いにあったことから名付けられたアイヌ語地名です。

やがて列車は市街地に入り美深駅に到着します。美深はアイヌ語のピウカ(川石原)からきたアイヌ語地名です。昭和の初期までは駅名もピウカでしたが、漢字に引きづられ美深と改められたようです。


美深駅
冬の美深駅

(美深−音威子府)

美深駅を列車が出ると、置杵川橋梁を渡りますがアイヌ語のオキキンニナイからきており、オ・キキンニ・ナイ(川尻に・エゾウワミズザクラ・ある川)を意味するアイヌ語地名です。

次の初野駅(和名)をすぎると下新府川橋梁を渡りますがアイヌ語でパンケ二ウプのことで、パンケ・二ウプ(下の・仁宇布川)を意味するアイヌ語地名です。

列車は天塩川を左に走りながら紋穂内駅に到着します。

紋穂内駅
紋穂内駅

アイヌ語のモンポナイからきており、モ・ヌ・オ・ナイ(小さい・野・そこにある・川)からきています。

駅近くの天塩川にはかってアイヌ語でテッシ(梁)と呼ばれる地名がありこの地名が天塩川の語源といわれています。残念ながら現在は流れが変わり分からないそうです。現在、美深森林公園のなかにミニテッシが復元されています。

次の駅、恩根内は美深町第二の集落だけあって学生さんの乗り降りが見られ駅舎もこぎれいな建物になっています。アイヌ語のオンネナイからきており、オンネ・ナイ(大きい・川)を意味するアイヌ語地名です。

恩根内駅
恩根内駅

オンネはよく地名に出てくるアイヌ語ですが、川が大ききなくても魚が多いなどアイヌの人たちにとって重要な川には親しみや尊敬を込めてオンネの言葉を使ったようです。

恩根内を過ぎると、進行左手に小車、右手に島呂布という地名があるのですが、小車はアイヌ語のオクルマツオマイからきたアイヌ語地名で、オ・クルマトゥ・オマ・イ(川尻に・和人女・いる・ところ)という意味です。アイヌ語のクルマトゥですが函館線の黒松内駅にも使われている地名です。

島呂布ですがアイヌ語のシュマルプネナイからきたアイヌ語地名で、シュマ・ルネ・ナイ(岩が・ごろごろしている・川)からきています。天北線にあった周麿駅も語源は一緒です。

列車はやがて交換設備のある豊清水駅に到着します。

豊清水駅
昔ながらの豊清水駅

豊清水駅は和名ですが近くのペペケ内川を意訳した地名と言われています。アイヌ語のぺペケナイで、ぺ・ペケ・ナイ(水・清い・川)といわれてますが、もしかするとテルケナイ(飛び跳て渡る・川)だった可能性もあります。

宗谷北線
宗谷北線(豊清水〜天塩川温泉)

豊清水を出発して、しばらく走ると天塩川の対岸に止若内という地名があります。アイヌ語の ヤムワッカナイで、ヤ・ワッカ・ナイ(冷たい・飲み水・沢)を意味するアイヌ語地名で稚内の地名の語源とまったく一緒です。かっては根室線に止若という駅もありました。

天塩川温泉
天塩川温泉のある止若内地区(宗谷北線より)

まもなく車窓左側に大きな建物が見え、天塩川温泉駅につきます。駅から歩いて20分ほどのところにある温泉で300円で入浴できるそうです。また音威子府駅から村営バスが運行されています(私も入ってみたいです。)

列車は上咲来川・下咲来川を渡り次の停車駅咲来駅に到着します。

咲来駅
咲来駅 駅名標

咲来はアイヌ語のパンケサクルからきたアイヌ語地名で、パンケ・サ・ル(川下の・夏の・道)からきています。昔は夏に咲来峠を越え、枝幸の方へ漁に出る夏季にだけ使う道があったので名付けられた地名です。

(音威子府ー雄信内)

列車はまもなく、次の停車駅音威子府駅に到着します。

音威子府駅
道内一人口の少ない村の玄関口 音威子府

音威子府駅ですが以前は天北線の分岐駅でもあったために鉄道の町として賑わった時代もありましたが、国鉄の民営化や天北線の廃止が追い討ちをかけ寂しくなりました。

宗谷バス天北線
音威子府駅で連絡する宗谷バス天北線

駅内には天北線の小さな資料室があります。また、ここの駅そばは麺が黒くおいしいそばです。時間がある方はぜひ食されてください。

天北線ミニ資料室
音威子府駅内に設けられた天北線ミニ資料室

駅名はアイヌ語のオトイネップからで、オ・トイ・プ(川尻が・よごれている・もの)で音威子府川を指すアイヌ語地名です。

音威子府駅
春の音威子府駅

列車はここからより天塩川に沿うように走ります。ここから稚内までの車窓は本当に素晴らしい景色です。

天塩川
音威子府を出ると天塩川が寄り添います。

しばらく走り筬島駅に到着します。筬島はアイヌ語のオサニコンナイピラケシオマナイの2つを合成して作った地名です。オサニコンナイは、オタ・二コ・ナイ(砂浜・隙間の・川)でピラケシオマナイは、ピラ・ケ・オマ・ナイ(崖・はづれに・ある・川)と考えられます。

筬島駅
筬島駅

筬島駅から次の佐久駅までは20キロ近くもありますが、車窓左に天塩川が真下に見ることができ、私の大好きな区間です。筬島を出て車窓左をよく見ていると川の対岸に碑が見えます。この辺は鬼刺辺川が天塩川に注ぐところで、この地に逗留した探検家の松浦武四郎がアイヌの翁から聞いたカイナーという言葉をヒントに北海道の地名が生まれたと言われています。

北海道命名之地
車窓からも小さく見える北海道命名之地

アイヌ語のオニサッペですが、意味ははっきりしませんがオ・ニ・サップ(川口・木・流れ下るもの)の転訛した地名かもしれません。

このあたりから地形がもっと険しくなり神路渓谷に入ります。以前国鉄時代には神路駅があったようです。

神路駅
宗谷本線 神路駅跡 線路の曲がり具合で駅跡がわかる。

ここでちょっと神路の話をしますと、以前は引揚者の入植があり、小さな集落があったようですが対岸へ渡る橋がないことから、橋を陳情してようやく昭和38年3月に神路大橋が完成しましたが同年12月の神居山からの突風で根元から落橋し、次の年には大不作となり、40年に集団で離農し無人の集落となったようです。以後20年ほど駅はありましたが、対岸の道路へ渡る手段はなく、鉄道だけが唯一の交通手段だったようです。現在も残っていれば間違いなく秘境駅だったことでしょう。

神路渓谷
宗谷北線車窓より 神路渓谷(谷が迫ってくるところ辺りから)

その神路の語源ですがアイヌ語のカムイルエサニからきています、カムイ・ル・エ・サン(神の・道・そこから・下る)を意味するアイヌ語地名で、松浦武四郎の日記にも峨々たる大岩山があり幣を奉じたことが載っており畏れ多き特別の場所であったことが伺えます。現在もこの辺の景色は昔と変わりなく非常に険しくなっています。そんなことを考えながらこの区間に乗ると本当に今までと違ったものに見えてきて素晴らしいアイヌ語地名です。

神路を過ぎ、天塩川は大きく鍋づるのように屈曲します、この取っ手の部分にあたる地名をアイヌ語でオンネピリと呼んでいたようです、オンネ・ピリ(大きな・渦流)の意味で流れが速かったことから名付けられたアイヌ語地名です。

天塩川
天塩川が大きく屈曲するオンネピリ付近

天塩川の鍋づるの部分を過ぎると次第に流れもまっすぐになり、地形も緩やかになってきます。しばらく川沿いに走り、対岸から天塩川に合流する安平志内川が見えると列車も天塩川に沿って大きく右に曲がり佐久駅に到着する。

佐久はアイヌ語のサクコタンナイからきていて、サ・コタン・ナイ(夏の・村・川)で夏に生活する集落のある川だったことから名付けられたアイヌ語地名です。

佐久駅
佐久駅 駅の中に伝承館がある。

佐久の集落自体はもともとは、アイヌ語のアベシナイと呼ばれていたようで、ア・ペ・ナイ(我々が・沿って下る・川)からきています。駅舎は新しく立派な建物で、佐久ふるさと伝承館があり昔の生活道具などを展示しているようです。

久々に大きな集落が現れると天塩中川駅に到着します。もともと駅名は誉平といっていましたが残念ながら町名ともども改名されてしまいました。アイヌ語のポンピラからきており、ポン・ピラ(小さな・崖)の意味で天塩川沿いにある崖を指したアイヌ語地名のようです。現在町営の温泉施設にはポンピラの名がつけられています。

駅名
ぽんぴら駅名標(仮想)

次の駅である歌内も以前は宇戸内といって改名された駅でアイヌ語が語源になっています。現在も川名は宇戸内です。駅の語源はアイヌ語のウツナイで、ウ・ナイ(脇・川)の意味で本流の助骨のような川に名付けられたアイヌ語地名で道内にたくさん残っています。

歌内駅
歌内駅

歌内をすぎると幌延町に入り、問寒別駅に到着する。

駅前には学校もあり、なかなかの大きさの集落に見える、かってここから15キロ山奥の上問寒まで拓殖殖民軌道が走っていたのですが昭和46年に廃止されています。こんな集落からも山奥へ行く軌道があったかと思うと昔にタイムスリップして行ってみたいと思うのは私だけではないでしょう。

問寒別駅
問寒別駅名標

駅名はアイヌ語のトイカンベツからきており、トイ・カ・ウン・ぺッ(土・上に・ある・川)からきたアイヌ語地名と考えられますが不明です。

いつのまにか天塩川から離れ、糠南駅に到着、駅にある小さすぎる待合所みたいなのがあるが何かと思っていると、降りた女学生がドアを開けて自転車を取り出していました(^^;。駅にある便利な倉庫だったらしい、妙に感動してしまいました。

糠南駅
糠南駅

駅名はアイヌ語のヌカナンからであるが意味はよくわらないが、あるいはヌカ・ナ・ぺ(原野・冷たい・川)?

糠南を出て次の雄信内へいく途中に、宗谷本線唯一のトンネル下平トンネルがありますが、語源はアイヌ語のパンケピラで、パンケ・ピラ(川下の・崖)を意訳したトンネルです。以前は100メートルほど先の天塩川沿いを走っていたようですが、事故が多いために現ルートになったようです。

雄信内駅
雄信内駅停車中の稚内行き普通列車

トンネルを越えるとまもなく雄信内駅に到着します。駅の語源はアイヌ語のオノップナイで、オ・ヌ・ウン・ナイ(川口に・原野・ある・川)と考えられます。この雄信内の駅舎ですが、保線の休憩所があるため現在も古い木造駅舎が建っており趣があります。時間のある方はぜひ立ち寄って欲しい駅舎です。

雄信内駅
昔ながらの駅舎が人気の雄信内駅

雄信内駅
雄信内駅で交換列車待ち合わせ中の名寄行き普通列車

今回はこの雄信内で終了します。尚、こちらは以前あった宗谷北線のアイヌ語地名を分割し、リニューアルしたものです。

このページからお入りのお客様、内容盛り沢山?カムイミンタラすべての項目はこちらからどうぞ♪

アイヌ語地名サイト「カムイミンタラ」

その他もアイヌ語地名や宗谷・稚内・利尻・礼文・樺太・千島など内容盛り沢山?のカムイミンタラです。宜しければ下記リンクよりごらんください♪
(他にもいろいろありますが(^^; )

宗谷北線関連コンテンツ

宗谷線雪レ スケッチ@ 宗谷線雪レ スケッチA

冬の宗谷線スケッチ2011@ 冬の宗谷線スケッチ2011A

宗谷本線鈍行列車の旅 2010夏@ 宗谷本線鈍行列車の旅 2010夏A 宗谷本線鈍行列車の旅 2010夏B

宗谷本線鈍行列車の旅 2010夏C 宗谷本線鈍行列車の旅 2010夏D 宗谷本線鈍行列車の旅 2010夏E

宗谷本線 車窓の旅 春@ 宗谷本線 車窓の旅 春A 宗谷本線 車窓の旅 春B

宗谷本線各駅停車 車窓の旅@ 宗谷本線各駅停車 車窓の旅A 宗谷本線各駅停車 車窓の旅B

宗谷北線のアイヌ語地名 宗谷北線のアイヌ語地名A 宗谷北線のアイヌ語地名A

宗谷線 旅日記(08年)  厳寒の宗谷北線 スケッチ  早春の宗谷線スケッチ

礼文島関連コンテンツ

レプンシリ2008 @元地編  レプンシリ2008 A桃岩編  礼文島 知床編

礼文島 4時間コースのアイヌ語地名 礼文島 南部(桃知コース付近)のアイヌ語地名

利尻関連コンテンツ

稚内カムイトウ 利尻スケッチ2010  利尻スケッチ2010初夏@ 稚内市抜海村 利尻スケッチ2010初夏A 稚内市抜海村

抜海村利尻スケッチ2009@ 抜海村利尻スケッチ2009A

 稚内抜海村 利尻スケッチ 稚内抜海村 利尻スケッチ(08年・夏)  

利尻写真日記 利尻島のアイヌ語地名さんぽ@(鴛泊〜鬼脇)  利尻島アイヌ語地名さんぽA(鬼脇〜沓形)

利礼航路関連コンテンツ

Heart Land Ferry 最北航路の旅  利礼航路(東日本海フェリー)写真館  利礼航路(ハートランドフェリー)写真館 K

天北線関連コンテンツ

天北線さんぽ@(音威子府〜小頓別) 天北線さんぽA(小頓別〜敏音知) 天北線さんぽB(敏音知〜松音知)

天北線アさんぽC(松音知〜新弥生) 天北線さんぽD(新弥生〜浜頓別)

稚内 天北線アイヌ語地名さんぽ(声問〜樺岡)@  稚内 天北線アイヌ語地名さんぽ(声問〜樺岡)A

天北線のアイヌ語地名 

稚内・宗谷関連コンテンツ

稚内 声問アイヌ語地名さんぽ 稚内 増幌アイヌ語地名さんぽ にっぽん紀行 私的最北無人駅の旅

サロベツ原生花園スケッチ 2010 抜海原生花園スケッチ 2010 抜海駅 2010

稚内スケッチ 2010@  稚内スケッチ 2010A 南稚内駅

抜海 勇知アイヌ語地名さんぽ@ 抜海 勇知アイヌ語地名さんぽA 稚内 増幌川流域のアイヌ語地名河川

早春の稚内抜海村 利尻スケッチ  稚内 声問川のアイヌ語地名河川 稚内駅

宗谷・稚内 アイヌ語地名さんぽ 稚内市抜海村とサロベツ アイヌ語地名さんぽ  稚内・花柄クジラ号で行く最涯ネイチャー紀行

宗谷岬付近のアイヌ語地名@ 宗谷岬付近のアイヌ語地名A  稚内サロベツ抜海紀行 (2008年初春編)

吹雪の稚内さんぽ@(勇知編)  吹雪の稚内さんぽA(声問編)  利尻サロベツ抜海紀行 2007年

仮想・稚内西海岸鉄道の駅名標 仮想・宗谷岬鉄道の駅名標  ようこそ!稚内・抜海村 アザラシご案内

初夏の稚内・抜海村紀行 稚内・抜海浜辺の日記(08年・春)  稚 内 北防波堤ドーム

抜海村冬紀行05年 春の抜海村紀行06年 抜海駅