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利尻写真日記 05年

利尻

今回番外編で2005年3月2泊・8月2泊した際に見た私の大好きな利尻の写真を紹介します

利尻

3月の末に抜海の宿に行くべく列車より、山は雲に隠れていましたが私を感動させるには充分な風景でした。

利尻

宿を出る最後の日、山よ見えてくれと願ってはいましたがあまりの神々しさに言葉が出ず心臓だけが激しく鼓動を打っていました。

利尻

気持ちがいい砂浜と赤く染まった利尻に魅せられ、自分がここにいることの有り難さを感じずにはいられませんでした。

利尻

8月、久々の渡道、羽幌線代替バスに乗り、稚内を目指す途中に鬼鹿付近から日本海に浮かぶ小さい利尻を発見、思わず冷房中のバスの窓を開けて撮影

利尻

抜海石より望む利尻島、こうやって見ると利尻に負けない大きな存在感を感じるのは私だけでしょうか?この石の下で相当昔の人々が暮らしていたかと考えると人間の偉大さを感じます。

利尻

雪は殆どなくなりましたがその端正な姿はそのままでした。久々の朝焼けの対面に思わず満足

利尻

朝焼けも時が経つごとにいろんな表情を見せます。

利尻

朝焼けも終わりの頃、小さくですが逆さ利尻を見つけることが出来ました。

利尻

16年ぶりの利尻島、そこには礼文に負けない青い海がありました。(オタトマリにて)

利尻

野中(のちゅう)バス停、決してのなかとは読みません、アイヌ語でノチウは星を意味します。更科氏の地名解には岩にノチウとあるので岩を天から落ちた星と考えたのかと出ているが、意外と、ノッ・チュウ・ナイ(岬・波ある・沢)で岬の近くにあった、波のある沢をさした地名だったかもしれないが、いずれにしても気になる地名です。

利尻

沓形岬より、礼文島と香深行き連絡船、さ〜ここで昼食、流石にうに丼とはいきませんが景色が充分おかずになってくれます。

利尻

6年前満月の夜、利尻1週徒歩をしていた私は途中でおなかをこわし、一人で苦しみながら礼文の夜景が見えるあの家に転がり込み、正露丸や熱いお茶を頂き、大河ドラマを見て老夫婦の家を出ました。

あれから16年、家はどう見ても使っているようには見えず時間の経過というものをを思い知らされました。

利尻

最後の日の朝、今日は雲も無く気持ちいいすっきりした利尻を見ることが出来ました。

利尻

抜海の宿の見送りを受け、列車で稚内へ行く途中、そこには絵葉書のような光景が広がっていました。心の中で「ありがとう利尻、また来ます」と挨拶しました。