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利尻島のアイヌ語地名さんぽ@(鴛泊〜鬼脇)

利尻

利尻島鬼脇地区より見た利尻、ここからは尖った美しい山容です。

今回は2005年夏に利尻島を自転車にて1周した際に調べた利尻島のアイヌ語地名の鴛泊から鬼脇までを紹介したいと思います。

ちなみにレンタサイクルですが鴛泊のフェリーターミナル目の前にあります。(ママチャリ・マウンテンバイク)ちなみに1日2000円と島価格です。

初めに稚内から利尻(鴛泊港)までの航路ですが東日本海フェリーで運航しています。航路の距離52キロと島一周とほぼ同じ距離です。約1時間40分の船旅です。時刻等の詳しくは下記のページを御覧下さい。

島の玄関口の鴛泊は、松浦武四郎の地図に記載がなくはっきりとしませんが、アイヌ語のトマリからでウ・トマリ(入り江の・泊地)が転訛したものかもしれません。すぐ隣には、武四郎に日誌にはホエンルンホ、明治の陸測図にはモエンルム=モ・エンルム(小さい・岬)があったようですが現在は埋め立てられ原型を探すことは不可能になっています。

利尻

湾内より鴛泊港とペシ岬

鴛泊から海沿いに雄忠志内方面に走ります、港より1キロほど走ると夕凪橋を渡ります。橋の下を流れる川がモトリヤウシナイ川の表記になっています。アイヌ語のリヤウシナイからでリヤ・ウ・ナイ(越冬する・いつも〜する・沢)からです。明治図には近くにモリヤウシナイ(小さい・リヤウシナイ沢)もあったようです。おそらくモトの部分は日本語の元からきているとおもわれます。

利尻

夕凪橋とモトリヤウシナイ川、先にある茶色の小屋は宗谷バス湾内バス停になります。

橋をすぐ渡ってある湾内ですが、ナイがあるのでアイヌ語地名にも見えますが、地形が湾の中なので湾内と和名からきていると思われます。

湾内から2キロほど走り坂道を登ると野塚の着きます。明治図には入江の部分にノッカトマリと記載されています。アイヌ語のノッ・カ・トマリ(岬・の岸・泊地)からきています。野塚岬には展望台もあり天気のいい日は美しい風景を楽しめます。

利尻

天気がよく気持ちのいいノッカトマリ

ノッカトマリのすぐ隣にある入江は明治図にはオシコントマリと記載されています。なんとなく礼文島のシコトントマリ(現 須古頓)と響きが似ていますが意味は分かりません。

利尻

ノッカトマリすぐ横にあるオシコントマリ

オシコントマリを後に気持ちがいい長い坂道を下り終えると雄忠志内の集落に到着します。アイヌ語のオチウシナイからでオ・チ・ウ・ナイ(川口が・波・ある・沢)からきています。鴛泊以来の大きな集落です。

利尻

宗谷バス雄忠志内バス停と集落

利尻

語源になった雄忠内川(橋の下)看板だけでごめんなさい。

駅名標

あり得ない利尻殖民軌道 雄忠志内駅名標

雄忠志内から1キロちょっと先にはこれまたアイヌ語地名のカムイトマリがあります。アイヌ語のカムイ・トマリ(神様の・泊地)と目出度い地名です。利尻には熊は生息しないため神様の訳になります。近くにカムイヌカの地名があるのでその近くの泊地のため付けられたのかも知れません。

利尻

宗谷バス神恵泊バス停、結構高台にあります。

カムイトマリから鰊泊方面に進むと、海岸に美しい立岩を見ることが出来ます。これがカムイヌカではないかと思います、アイヌ語でカムイ・ノカ(神の・姿)を表します。岩をじっくり見ているとなんとなく神々しく見えてきます。

利尻

これがカムイヌカ(神の・姿)と思われる美しい立岩です。残念ながら名所にはなっていません。

カムイヌカですが、明治図ではカムイトマリより雄忠志内よりに記載されていますが、この風貌を見た瞬間にこれがカムイヌカではないかと思いました。松浦武四郎の蝦夷東西山川取調図には明治図とは逆側に記載されており、こちらが正しいと思います。

神々しい立岩を後に、鰊泊・旭浜と和名に地名が続きます。旭浜から500メートルほど進むとアフトロマナイ川につきます。アイヌ語のアッ・ウト・オマ・ナイ(楡の・間に・ある・沢)からきています

利尻

潮路橋の下を流れるアフトロマナイ川(左に看板で川の説明が書いてあります)

潮路橋から1キロほどで次の石崎集落につきます。明治の地図にはこの付近にリイニタイウシの地名があります。アイヌ語のリィ・ニ・タイ・ウ・イ(高い・木・森・ある・処)からきています。

少し進むとオサツルナイ川を渡ります。アイヌ語のオ・サ・ナイ(川口が・乾いている・沢)からきています。

利尻

御幸内橋の下を流れるオサツルナイ川

オサツルナイから1キロほどで二ツ石につきます。ここからは1キロほど先の灯台を見ることが出来ます。

利尻

二ツ石バス停より灯台を見る。

二ツ石灯台付近には明治図にはチエネシララ・メネンルという地名が記載されています。随分転訛した地名ですので意味はわかりません。ちなみにシラは(岩や平磯)エンルは(岬)をいみするアイヌ語です。

灯台から1キロほど走るとヤムナイにつきます。川名は豊仙沢川で橋名は止内橋になっています。アイヌ語のヤ・ナイ(冷たい・沢)からです。同じヤを使った地名に稚内の語源になったヤムワッカナイなどがあります。

利尻

止内橋の下を流れるヤムナイ、利尻はまだ雲の中

止内橋から1キロほどで久しぶりの大集落、鬼脇に到着です。アイヌ語のオンネワキからで、オンネ・イワキ(老大な・山)からです。オンネは「大きな」や「親である」という意味にも使われイワキは山でも祭場のあるような神聖な山につけられたことを考えると、地元に居住したアイヌが利尻か鬼脇ポン山を呼んだ地名だったかもしれません。

利尻

鬼脇バス停から利尻を見る、鬼脇からの山容は荒々しく勇ましいお姿です。

駅名標

あり得ない利尻殖民軌道 鬼脇駅名標

今回は第1回目で鴛泊から鬼脇までを紹介しました。残りは2回に分けて公開する予定です。

利尻

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