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利礼航路(東日本海フェリー)写真館

東日本海フェリー

私の愛する最北の浮島リイシリ・レブンを結ぶ利礼航路の東日本海フェリーの名が無くなる、そんな話題を聞き、青春時代に花を添えてくれた利礼航路に感謝して、旅行中についでに撮った私のつたない写真をご紹介します。尚、この上のスンバらしい写真のみ宗谷支庁のフリー画像を使用しております。(^^;;; 汗・・笑・・ また社名も2008年よりハートランドフェリーになりました。

東日本海フェリー

89年頃の稚内港と第5宗谷丸

記念塔のある丘から臨むわっかないの街も素敵なものです。全日空ホテルが無いので港の眺望もバッチリでした。(^・^)

第5宗谷丸

最古参の第5宗谷丸(船泊港)

5宗には乗りたかった、それはYH仲間でも揺れる船として有名だったからだ、乗れたことで少しは箔がついたと考える私はあほでした(笑)、今は船泊行きもなくなり少しは貴重な写真になったかな?

第10宗谷丸

青い連絡船 第10宗谷丸 (香深港にて)

10宗には随分お世話になったような気がする。僕の自己紹介写真に使用しているものは第10宗谷丸に乗っている写真だ。礼文島で知り合った旅人と別れ見送ってもらったときに撮って頂いた写真だが今でも本当にいい思い出だ。

第10宗谷丸

香深港を出航する第10宗谷丸

上の10宗の写真とはもちろん別の日、この日は稚内に行く船を見送った。島の見送りは本当に楽しい、離島っていいな、そんなことを本当に思えるのが礼文名物の見送りである。この日、宿主が朝焼けが奇麗だったろうな〜そんな言葉が今でも頭から離れない。

第11宗谷丸

香深港に入港する第11宗谷丸

赤い船体が印象的だった第11宗谷丸、こちらにもたくさんお世話になったことはゆうまでもありません。

東日本海フェリー

利尻島 鴛泊港に入港するニュー宗谷

平成元年にニュー宗谷がお目見えした。はっきり言ってこれは革命だと思うほどビックリした。(爆)眩しい、しかも船の色が内地のフェリーみたいなカラフルな色だった。初めて乗ったのは利尻からの帰りだった。近づいてくる新造船を見て胸がドキドキした。

東日本海フェリー

宗谷の海を航行中の利尻行き

21世紀になり10年ぶりぐらいに利礼航路を利用した。船がすべて大きな新造船になっておりびっくり、あんなに凄かったニュー宗谷が退役したことを知りまたびっくり(笑)、10月なのにツアー客がいっぱいいてこれも驚きの船旅でした。

東日本海フェリー

香深港に入港する連絡船

この日は荒れていた、次の日は宿主が欠航するんではというほどで波高く、それでも力強く航行する連絡船は頼もしかった。港であんなに揺られながら出航する姿を見送りながら写真を撮らなかった自分が情けない!

東日本海フェリー

礼文をあとに・・

10月3日、利尻を見ると頂上はうっすら雪化粧、外は寒いがいつまでも利尻見たいので稚内まで結局寒いデッキにいた。うしろを見るとただ乗りするかもめがいた。これお金を払いなさい(笑)

東日本海フェリー

稚内・北埠頭防波堤をバックに

天気のいい夏、久々に利尻を目指す、天気はいい、港を見ているだけでもう胸は高鳴っていた。やはり島の旅、船の旅は楽しい(^^♪

ノシャップ岬

連絡船から見たノシャップ岬

連絡船だからこそ、利尻だけでなくこんなノシャップの風景が楽しめます。

利尻

利尻島鴛泊目指す連絡船

利尻の海岸線は礼文に比べ優しい、でもこじんまりした港や昔ながらの雰囲気が残る家屋など利尻も魅力がいっぱいだ。

利尻

利尻島ポンモシリ沖を航行中の連絡船

リイシリの子供、ポンモシリ(アイヌ語で子供の島)は見てのとおりそれなりに大きい島です。利尻と比べればやっぱり子供ですが(^^;

東日本海フェリー

沓形岬より礼文行きの連絡船

沓形でセコマ弁当を食べていたら、連絡船が見えたので思わずパチリ、夏場運行の沓形〜香深線だ、船や対岸のレブンを見ながら「あぁ〜あっちにも行きたい」と思うのは自然の成り行きですね♪

東日本海フェリー

稚内港のクイーン宗谷(2007年退役)

次の年は礼文にいった♪、ワクワクしながら連絡船に乗り、利尻行き最終のクイーン宗谷を全日空ホテルを入れて撮って見た。埋立地に立てられたこのホテルは100年記念塔とともに稚内のシンボルの一つ、さて私がここでお世話になる時代は来るのであろうか(^〜^)

東日本海フェリー

船窓から

船旅は楽しい、なんといっても大好きな稚内から船旅が2時間も楽しめるのだから、僕にとってはまさに極上の旅である。

利尻

海に浮かぶリイシリ

船から利尻が見える。そんな場合は必ず外でずっと見ている。見えているのに見ないなんてそんな失礼なことは僕には出来ません。(笑)

利尻

リイシリ

いつも見ても、どこから見ても美しき御景色のリイシリ、僕が道北にばかり行くのはまさにリイシリを見るためである。

東日本海フェリー

プリンス宗谷(香深港にて)

島に到着すれば、気分はルンルン♪私にとっては最北の楽園なのでした。

礼文

ゴロタ岬方面より須古頓方面

まさに楽園の花園・・レブン♪

東日本海フェリー

香深に入港するフィルイーズ宗谷

こんな楽しい旅ができるのも連絡船のおかげ!これからも頑張れ利礼航路♪そうそう来年からは会社名が変わります。たしか・・・稚内利礼運輸かな?詳しくはハートランド(心のふるさと)フェリーのサイトを御覧下さい。

ハートランドフェリーのサイトを見る

ここからは私所有の妖しい収集物の館です(^^;;;

東日本海フェリー

キップ

時間とともに消えゆく文字が哀愁漂います(笑)。とても記念にはとってられないシロモノです。他に取ってあったものは字が読めなくなってしまいました。

東日本海フェリー

礼文島で買った最北限到達証明書

この船はたしか第2宗谷丸だったような〜その後北海商船に売却とか・・・違っていたらご教示いただければ幸いです。(^^;;

東日本海フェリー

こちらは昔のパンフレット

昔は、宗谷海峡を越える流氷クルーズをやっていた時代がありましたね。YHで話を聞いて憧れていました。っこ・・こんなパスポートもあったなんて欲しいな(^^♪

東日本海フェリー

こちらは進化した21世紀番のパンフレット

21世紀を迎え、稚泊航路の復活・大型客船の就航と活気ある東日本海フェリーさん、それにしてもパンフの写真かっこいいな〜♪

東日本海フェリー

弘済出版社 道内時刻表1968年5月号より

昭和40年代前半は、見てのとおり利尻はほぼ1周できる航路でした。今考えるとちょっと魅力的♪海上からいろんな角度の利尻が楽しめたことでしょう、ちと遅いですが(笑)

東日本海フェリー

弘済出版社 道内時刻表1968年5月号より

懐かしの稚内利礼運輸時代の時刻表、当時は隔日運航でした。近代船の第一宗谷丸就航前で船はなんと現在の3500トンクラスの10分の1以下の船ばかり、当時カニ族と呼ばれる若者たちが島を目指しましたが、10日はみないと行けない島と言われたようです。もちろんすぐ波で欠航するからです。缶詰になって内地に帰られず会社をクビになった話も旅人の間で交わされるそんな時代でした。

東日本海フェリー

交通公社 北海道時刻表1972年12月号より

昭和40年代後半になると、第一・第二宗谷丸がデビューし離島航路も随分改善されましたまた会社名も変更されています。利尻では仙法師や鬼脇航路が廃止されています。そんなことより左下の寝台料金300円が気になります。はたしてこんな短い航路に寝台があったんでしょうか??

東日本海フェリー

弘済出版社 道内時刻表1983年9月号より

80年代前半になると、船泊以外は現在と案外似ている時刻になってきていますとおもったら沓方が無視されています(涙)。就航船も第5・第7宗谷丸が就航し大型化しています。それにしても第2宗谷丸・・・君はいつダイエットしたの?(^^;

東日本海フェリー

弘済出版社 道内時刻表1987年8月号より

80年後半、沓方が復活してますが1本だけと寂しい感じ、船は第11宗谷丸まで就航してます。第2宗谷丸頑張ってますね〜♪ちなみにこの月が私の初稚内でした(^ー^)現在は、ちなみに僕も利用した船泊航路がなくなっています。

東日本海フェリーしおり東日本海フェリー

東日本海フェリー

時刻表

最後は時刻表、5年版は樺太も載っていていいな♪、ちなみにまん中は船とは関係ありませんが貴重品です。(稚内では)それにしてもリレオ君、君の運命はいかに??

ハートランドフェリーになり。。消えました(涙) さようなら オレリ君。。。あっリレオ君(笑)

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