北海道・樺太アイヌ語地名サイト「カムイミンタラ」に戻る

道内時刻表(昭和43年)のページに戻る

北海道中央バス 都市間バス奔別線 (昭和43年)

中央バス時刻表

昭和43年6月弘済出版社「道内時刻表」より

昭和43年は高度成長期、北海道もまだ過疎化がそれほどでもなく、現在は地図から消えた小さな集落が道内各地に点在した活気がある時代ともいえます。今回は、空知管内三笠市にある奔別地区を走っていた都市間バスの時刻表を紹介します。

北海道で都市間バスは現在も重要な公共交通機関で現在も札幌から各都市を結ぶ路線があります。そんな都市間バスも昭和40年代は高速道路もないので札幌近郊までが殆どのはずです。そんな中、変わった路線がこの奔別を結ぶ路線です。特急か急行かは分かりませんが終点が奔別中の沢というのがたまりません。だって今は無住地なのですから。。。これが北海道らしいとも言えると思い、この路線を載せてみました(^^;

奔別といえば、日本一の立坑櫓が残る集落ですが、そんなことを言っても現在では普通の方は勿論として道産子でも分からない方が多いでしょう。そんな奔別は幌内炭鉱で有名な三笠市にあります。北海道鉄道発祥のルーツ幌内線の終点のあった幾春別の隣にある集落です。

奔別炭鉱全盛時には大変賑わったようです。そうこの時刻表を見ても札幌直通のバスが3往復もあるのですから。。この時期は石炭もまだ閉山が少なかったため夕張や芦別方面には多くの都市間バスが走っています。

さて奔別(ぽんべつ)地区ですが意外と他の炭鉱地区と違い資料が少ないように思えます。住友奔別炭鉱の閉山が昭和45年と早かったことが原因かもしれません。昭和30年代には1500人以上の児童がいた奔別小学校も閉山のあおりで3年後の昭和48年に廃校しています。

現在は、幾春別に接する部分にのみ多少居住者もいますが、バスの走っていた奔別中の沢地区は無住地です。

ちなみに奔別地区ですが昭和61年の基本台帳を見ると下記のような記録があります

奔別旭町(0名) 奔別炭鉱閉山後無住地に。

奔別川沿町(0名) 奔別炭鉱閉山後無住地に。

奔別川端町(0名) 奔別炭鉱閉山後無住地に。

奔別沢町(0名) 以前この場所に奔別小学校奔別沢分校があったらしいが昭和38年に廃校しているので炭鉱に関係ない山間部のようです。美唄市との境になっています。

奔別新町(30名) 幾春別千住と接する旧奔別炭鉱炭住地域、幾春別小学校がある。

奔別町(3名) 奔別炭鉱事業用地で立坑櫓が残る地域。

奔別鳥居沢町(0名) 奔別炭鉱閉山後無住地に。

奔別中の沢町(0名) 札幌からの直通バスの終点、奔別炭鉱炭住地域で日用雑貨店・菓子店・豆腐屋・床屋など商店街もあり賑わった地区、奔別炭鉱閉山後無住地に。

奔別本沢町(0名) 大正初期までの奔別の中心、奔別炭鉱閉山後無住地に。

炭鉱の町らしく奔別〜町といった地区が多いのも特徴ですが、閉山から15年経つと幾春別に接した部分以外はすべて無住地(ゴーストタウン)になっているのが北海道の炭鉱町らしく思えます。この時刻表にある2年後に閉山しているのでその後は、人口流失が激しかったことでしょう。賑わった時代の奔別中の沢町の写真でも見てみたいものです。きっと生き生きしていたように思えます。

今も立坑が残る奔別。。。。久しぶりにぶらり歩きたくなってきました(笑)

※尚、この中央バスの路線名称は不明のため、私があえてつけているものですでご了承ください。現在は札幌と三笠を結ぶ路線として区間はやや短縮されましたが中央バスの都市間バスとして残っています。

このページからお入りのお客様、内容盛り沢山?カムイミンタラすべての項目はこちらからどうぞ♪

アイヌ語地名サイト「カムイミンタラ」

その他もアイヌ語地名や宗谷・稚内・利尻・礼文・樺太・千島など内容盛り沢山?のカムイミンタラです。宜しければ下記リンクよりごらんください♪
(他にもいろいろありますが(^^; )

空知関連コンテンツ

幌内線 幾春別さんぽ 幌内線 奔別さんぽ 幌内線 弥生さんぽ

幌内線 唐松さんぽ 夕張モノクロ紀行A 三菱美唄 我路さんぽ@

三菱美唄・我路さんぽA 三菱美唄・盤の沢さんぽ 三菱美唄 落合・東明さんぽ

三井美唄さんぽ@ 三井美唄さんぽA 三井美唄さんぽB

札沼線のアイヌ語地名 赤平炭鉱跡さんぽ 歌志内・上歌さんぽ2011

歌志内・本町さんぽ2011 歌志内・歌神さんぽ2011 歌志内・神威さんぽ2011

夕張モノクロ紀行 奔別・幌内紀行 歌志内・上砂川モノクロ紀行

北海道 鉄道・路線バス・時刻表関連

北海道の列車・駅 北海道 バスの風景 道内時刻表