北海道アイヌ語地名サイト カムイミンタラに戻る
礼文島 南部(桃知コース付近)のアイヌ語地名

礼文島

このコーナーでは、花の浮島・礼文島でも比較的気軽に歩け花の種類も多いことから人気の高い桃知コース付近のアイヌ語地名を紹介します。アイヌ語地名は生活に結びつく地名が多いため、殆どが海沿いまたは川に付けられた地名です。

(尚写真は残念ながらフイルムを明けてしまい何枚も駄目にしてしまったので昔のものも使用しており期待はずれかもしれない点はご了承ください。)

桃知コースですが、フェリーターミナルのある香深よりバスで桃岩登山口または知床から歩きます。個人的には桃岩登山口からのほうがお奨めです。

礼文島

桃岩とイブキトラノオ

まずは、登山口よりひたすら木道を登ります。桃岩展望台が近くにあるのでこの辺までは観光バスの乗客も乗り入れ結構込み合います。

礼文島

桃岩展望台からみた猫岩方面、眼下に見える駐車場が桃台猫台と呼ばれ桃岩が一番桃らしく見える場所です。

礼文島

ちなみに10月は草の色がこんなかんじになります。

礼文島

桃知コースから見た桃岩

桃岩ですが礼文島の象徴の一つでインパクトのある岩ですが残念ながら岩を指すアイヌ語地名はありませんでした。ただここは、シャクシャインの時代に磯谷アイヌと礼文の香深井アイヌが戦った伝説の古戦場です。

戦いは礼文島に浸入した磯谷アイヌがまず尺忍を制圧し、それに対して香深井アイヌが立ち上がって桃岩に防御線をしいた磯谷アイヌを結果的に破った戦いだったようです。伝説なので真偽はわかりませんが凄い場所で戦闘が行われたといえます。本当なら・・

礼文島

岩自体も魅力的な桃岩

利尻

桃知コースですが天気が良ければなんと言っても反対側はお花畑をバックに利尻を見られるのが魅力的です。

礼文島

イブキトラノオやエゾカンゾウのお花畑をバックに猫岩

桃知コースの特徴の一つに花の種類の多さが上げられます。花の時期には百種をこえる高山植物が見られるようです。また比較的短時間で歩けることも魅力です。猫岩ですが猫が後ろ向きに座っているようなことから名付けられていますがアイヌ語地名はありませんでした。

猫岩

天気がいい日の猫岩

利尻

結構アップダウンもありますが利尻が見えれば疲れは飛んで行きます。

桃岩

桃知コースからの展望、遠くの漁港が元地港になり、手前の赤屋根が桃岩YHになります。

桃岩荘のある場所は現在はエンカマと呼ばれています。おそらくアイヌ語のウェンカマ=ウェン・カマ(悪い・平岩)からきたものと思われます。明治の地図ではここにチャシュトマリ=チャ・トマリ(砦・泊地)と書かれています。近くに古戦場もあるのでもしかしたら砦や柵程度のものがあったのかもしれません。

礼文島

西海岸沿いは険しいか海岸の連続です。

礼文島

鴎の鳴き声と波の音が癒してくれます。

礼文島

西海岸の傾斜地がお花畑になっています。ビーサシ崎付近

元地灯台

秋の元地灯台下がビーサシ崎になります。

礼文島

元地側から見たビーサシ崎になります。

お花畑や海岸線を楽しみながら歩くとやがて中間ほどに元地灯台があります。下は現在ビーサシ崎となっていますが明治の地図ではシレパキラウとなっています。アイヌ語のシパ・キラ{岬・角(つの)}からきています。ちなみにアイヌ語のシパですがシは大地や断崖を指しパは頭を指します。

まさにここの岬はアイヌ語どおりの地形になっています。ちなみにシパにちなんだ地名は積丹や厚岸近くにあるシリパ岬があります。

レブンウスユキソウ

崖の急斜面にはレブンウスユキソウ(エーデルワイス科)などが咲いていました。

灯台をしばし下って何本目かの電柱を右に曲る細い道を進むと秘密の花園に出ます。海岸線の風景や急斜面に咲くエーデルワイスの群落など本当に素晴らしい場所です。残念ながらこの付近で撮った写真を全てパーにしてしまいました。(涙)やっぱり秘密にしないといけないのかもしれません。

このあたりの海岸の先端が明治図ではピイサシと記されています。アイヌ語のピ・サ・ウシ(石・浜側に・ついているもの)からきています。いつのまにかこのピイサシが現在は隣に移ってビーサシ崎になってしまったようです。

絵葉書

90年頃に購入した絵葉書より

この絵葉書90年ごろに確か10枚200円ほどと格安の素晴らしい絵葉書でした。写真中央部の一番険しい岬がシレパキラウで上部によく見ると元地灯台があります。(^^;;シレパキラウより右側の次の険しい出崎部分がピイサシの部分になります。灯台の後部分に小さく知床の集落が見えます。(絵葉書ですが分かりやすいので使用しました。)

利尻

桃岩側から歩くと最後は利尻を見ながら知床の集落に下ります。

秘密の花園を見終わればあとは利尻を見ながらひたすら下るだけです。眼下に知床の集落と閉校になった尺忍小学校が見えます。ゆっくりみても3時間ほどで歩くことが出来ます。

知床バス停

宗谷バス知床バス停:茶色の家と倉庫の間に流れる川が語源になったシレトコマナイ川

礼文島にもある知床ですが語源は集落を流れる細い川シレトコマナイからきています。アイヌ語のシ・エトオマ・ナイ{大地・先(岬)・ある・沢}からです。アイヌ語のシレトコは他にも白老町や知床また樺太にも3つの岬にシレトコの名が記されています。

礼文島

知床からカランナイ岬を望む

知床からさらに南の上の写真の先端が現在カランナイ岬と呼ばれています。アイヌ語のカ・ウン・ナイ(廻る・〜に入る・沢)からきています。ここも明治図ではチライケプヌカと呼ばれ現在と全く違う地名だったようです。

チライケプヌカですがおそらくアイヌ語のチライ・ケプ・ノカ(イトウ・額・形象)と訳せ何か意味ありげな地名にも思えますが伝説などもなくわかりません。ちなみに武四郎の蝦夷日誌ではウエンケプヌカとチライがウン(悪い)に変わっています。

またカランナイシレトコマナイ川の中間付近には明治図を見るとサニナウシの地名があります。アイヌ語のサ・ニナ・ウからで(浜側で・焚き木を切る・いつも〜するところ)と訳せいつもアイヌが焚き木を切る場所だったことをうかがわせます。たしかにこの辺の上部は珍しく樹木が育っている場所です。

礼文島

宗谷バス奮部(フンベ)バス停と集落

知床の集落から香深方面へ進み次の集落が奮部になります。明治図ではべネと記されています。アイヌ語のフペ・ネ・プ(鯨・ような・もの)からきています。利尻の対岸にもポロフンベの地名があり礼文島手然の手前にもフンベオトマリの地名がることからも昔から鯨の多かったことを窺い知ることが出来る地名です。

礼文島

宗谷バス第2差閉バス停

奮部の集落をすぎて次の第2差閉バス停付近が明治図ではチャシュトンツと記された地名になります。チャシ(砦)に関係した地名で砦跡のようですがはっきりとはわかりません。それにしても当て字といい随分変わったものです。

礼文島

差閉の昔ながらの家こんなところにも実は奇麗な花があったりします。

差閉漁港の香深側は明治図ではモエンムポと記されています。アイヌ語のモ・エンム・ポ(小さい・岬・子)と意味からしても非常に小さな岬ですが現在は漁港の一部になって地形小さな岬部分は消失しています。

礼文島

宗谷バス差閉バス停:ここも昔ながらの風景を楽しめます。

差閉から尺忍方向へ進む途中に神社がありますがここは明治の地図ではラニという地名だったようです。アイヌ語のラン・イ(坂・ところ)からきています。

礼文島

宗谷バス尺忍バス停

差閉からしばらく歩き次の集落が尺忍になります。アイヌ語のシャクニンからでサ・ニン(夏・消える)からきています。おそらく夏枯れするような小さな沢に付けられた地名だったと思われます。

尺忍をすぎるとやがてフェリーターミナルのある香深になります。香深ですが香深井の転移した地名とも言われていますが意味も含めはっきりとわからない地名です。

フィルイーズ宗谷

香深港に入るフィルイーズ宗谷

利尻を

こちらは利尻をバックに今は亡き第十宗谷丸

フェリーターミナル付近ですが明治図ではワウシと記されています。アイヌ語のワ・ウシ(渡渉する・いつも〜するところ)から来ているものと思われます。

また香深の集落は昔はトンナイと呼ばれている地名でした。アイヌ語のト・ウン・ナイ(尾根・ある・沢)からきています。こちらは現在も集落にトンナイ川が流れ地名もトンナイとして残っています。

今回は桃知コースを含めた礼文島南部のアイヌ語地名の紹介しました。短時間でも高山植物の群落を楽しめるコースの上、知床〜香深の間も昔ながらの島の風景を楽しめます。時間がある方はぜひ挑戦してみてください。半日あればじっくり見ることが出来ます。(急げば半分ほどで)

礼文島へ

稚内港から東日本海フェリーで約2時間  夏場は利尻経由も合わせ5往復

クイーン宗谷

稚内港のクイーン宗谷

乗船券  (記念にくださいといえば貰えます)

このページからお入りのお客様、内容盛り沢山?カムイミンタラすべての項目はこちらからどうぞ♪

アイヌ語地名サイト「カムイミンタラ」

その他もアイヌ語地名や宗谷・稚内・利尻・礼文・樺太・千島など内容盛り沢山?のカムイミンタラです。宜しければ下記リンクよりごらんください♪
(他にもいろいろありますが(^^; )

宗谷北線関連コンテンツ

宗谷線雪レ スケッチ@ 宗谷線雪レ スケッチA

冬の宗谷線スケッチ2011@ 冬の宗谷線スケッチ2011A

宗谷本線鈍行列車の旅 2010夏@ 宗谷本線鈍行列車の旅 2010夏A 宗谷本線鈍行列車の旅 2010夏B

宗谷本線鈍行列車の旅 2010夏C 宗谷本線鈍行列車の旅 2010夏D 宗谷本線鈍行列車の旅 2010夏E

宗谷本線 車窓の旅 春@ 宗谷本線 車窓の旅 春A 宗谷本線 車窓の旅 春B

宗谷本線各駅停車 車窓の旅@ 宗谷本線各駅停車 車窓の旅A 宗谷本線各駅停車 車窓の旅B

宗谷北線のアイヌ語地名 宗谷北線のアイヌ語地名A 宗谷北線のアイヌ語地名A

宗谷線 旅日記(08年)  厳寒の宗谷北線 スケッチ  早春の宗谷線スケッチ

礼文島関連コンテンツ

レプンシリ2008 @元地編  レプンシリ2008 A桃岩編  礼文島 知床編

礼文島 4時間コースのアイヌ語地名 礼文島 南部(桃知コース付近)のアイヌ語地名

利尻関連コンテンツ

稚内カムイトウ 利尻スケッチ2010  利尻スケッチ2010初夏@ 稚内市抜海村 利尻スケッチ2010初夏A 稚内市抜海村

抜海村利尻スケッチ2009@ 抜海村利尻スケッチ2009A

 稚内抜海村 利尻スケッチ 稚内抜海村 利尻スケッチ(08年・夏)  

利尻写真日記 利尻島のアイヌ語地名さんぽ@(鴛泊〜鬼脇)  利尻島アイヌ語地名さんぽA(鬼脇〜沓形)

利礼航路関連コンテンツ

Heart Land Ferry 最北航路の旅  利礼航路(東日本海フェリー)写真館  利礼航路(ハートランドフェリー)写真館 K

天北線関連コンテンツ

天北線さんぽ@(音威子府〜小頓別) 天北線さんぽA(小頓別〜敏音知) 天北線さんぽB(敏音知〜松音知)

天北線アさんぽC(松音知〜新弥生) 天北線さんぽD(新弥生〜浜頓別)

稚内 天北線アイヌ語地名さんぽ(声問〜樺岡)@  稚内 天北線アイヌ語地名さんぽ(声問〜樺岡)A

天北線のアイヌ語地名 

稚内・宗谷関連コンテンツ

稚内 声問アイヌ語地名さんぽ 稚内 増幌アイヌ語地名さんぽ にっぽん紀行 私的最北無人駅の旅

サロベツ原生花園スケッチ 2010 抜海原生花園スケッチ 2010 抜海駅 2010

稚内スケッチ 2010@  稚内スケッチ 2010A 南稚内駅

抜海 勇知アイヌ語地名さんぽ@ 抜海 勇知アイヌ語地名さんぽA 稚内 増幌川流域のアイヌ語地名河川

早春の稚内抜海村 利尻スケッチ  稚内 声問川のアイヌ語地名河川 稚内駅

宗谷・稚内 アイヌ語地名さんぽ 稚内市抜海村とサロベツ アイヌ語地名さんぽ  稚内・花柄クジラ号で行く最涯ネイチャー紀行

宗谷岬付近のアイヌ語地名@ 宗谷岬付近のアイヌ語地名A  稚内サロベツ抜海紀行 (2008年初春編)

吹雪の稚内さんぽ@(勇知編)  吹雪の稚内さんぽA(声問編)  利尻サロベツ抜海紀行 2007年

仮想・稚内西海岸鉄道の駅名標 仮想・宗谷岬鉄道の駅名標  ようこそ!稚内・抜海村 アザラシご案内

初夏の稚内・抜海村紀行 稚内・抜海浜辺の日記(08年・春)  稚 内 北防波堤ドーム

抜海村冬紀行05年 春の抜海村紀行06年 抜海駅