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稚内宗谷村付近(宗谷岬ー声問)のアイヌ語地名A

宗谷

宗谷バス:宗谷第一バス停より宗谷市街を臨む。

岬はマウシエンルン、港はウエントマリと呼ばれていました

宗谷岬ー宗谷

宗谷岬

宗谷岬を出ると、海側に弁天島を見ながら2キロほどで最初の集落である珊内につきます、この辺りの海は比較的奇麗で浅瀬のようです。

珊内の語源ですが、アイヌ語のサンナイからで、サン・ナイ(浜へ流れ下る・沢)からきています。積丹半島の神恵内村にも同地名があるほか、縄文遺跡で有名な三内丸山遺跡の三内も語源は同じです。

珊内

宗谷バス珊内バス停

現在は地名として残っていませんが明治図では2キロほど先の小さな2つの沢にトマリケシナイ=トマリ・ケシ・ナイ(泊地・末端・沢)・ポンチャシナイ=ポン・チャシ・ナイ(小さい・砦・沢)から来ている地名と思われます。

次にある現在の第2清浜地区はオラムナイ=オ・ラ・ナイ(川尻が・低くなる・沢)と言われ海岸の磯岩には「宗谷の東風(やませ)石」というアイヌの伝説があった石があります。(稚内市のホームページに紹介)また、この地区では石鏃が見つかったオラムナイ遺跡があります。

その隣には明治図にはノッコオマナイ=ノッ・ク・オマ・ナイ(岬・の方に・ある・沢)で小岬の近くにあった沢に弓を仕掛けていたことから名付けられたものです。

1キロほど進むと現在もバス停や川名が残る恩頃間内に着きます。小さいながらも集落もありバス停もしっかりした作りになっています。松浦武四郎の蝦夷日誌にはオショロコマナイと紹介され小川、橋あり、水浅し、海辺に海鼠多く、汐干時には海鼠・海草獲りに出るなりと記されています。

恩頃間内

恩頃間内川

オショロコマは岩魚の一種でアイヌ語でもあることから(オショロコマ・沢)でオショロコマがいたのでん付けられたのでしょう、同じく武四郎の廻浦日誌にはオンコロマナイと紹介されており、はっきりと地名の起源が分からない地名です。

恩頃間内

恩頃間内バス停、冬にも充分住める?頑丈なつくりです。

また、此処には稚内市の指定遺跡オンコロマナイ遺跡がありオホーツク文化の遺跡があるようです。

松浦武四郎の蝦夷日誌では宗谷村方面に続けてトマリオホント・ピリカタイと地名(宗谷岬から約6キロ)が続きます。トマリオホント=トマリ・オホント(泊地・山の麓)で山の麓の泊地からきています。現在の第一清浜付近といわれるピリカタイはアイヌ語のピリカ・タイ(美しい・森)からきている美しい地名です。

ピリカタイには岬にチャシ(砦)があり、竪穴一箇所があるほか道路から人骨が出土したようですピリカタイの地名どおり貴重な天然林があるようです。この天然林ですが北海道最北端の海岸林で椴松・イタヤカエデ・ミズナラなどの広葉樹林が主体となっているようです。

武四郎の日誌や地図をたどるとピリカタイから宗谷までヒラッフ・コタンハ・マウシエンルンと地名が続きます。流石に宗谷の和人の拠点となりアイヌも元々居住していたため狭い地域にたくさんの地名が残されています。

ヒラッフですが、ピラ・プ(崖の・もの)で崖を指した地名でしょうか、断定は出来ませんが・・・・・・コタンハはコタン・パで(村の・かみて)を指した地名です。マウシエンルンは、マウ・ウ・エンルで、(はまなす・群在する・岬)の意味です。

そうこうしている間に車はやがて大きな集落のある宗谷に到着します。明治の初めまでは文字通り宗谷の拠点として賑わいましたが、現在は北の小さな集落に過ぎませんがいくつかの遺跡を見ることが出来ます。

幕府の北の拠点宗谷場所も置かれ、この地から探検家の間宮林蔵・松浦武四郎が樺太へ旅立っていったほか、会津や秋田藩士らも樺太の北方警備の任につきました。

地名の宗谷ですが、アイヌ語のソーヤからで、ソー・ヤ(岩礁の・岸)からきたものですが、もともとはアイヌ語のウエントマリ=ウン・トマリ(悪い・泊地)と言われた地名を和人が嫌って珊内近くにあったソーヤの地名を付けた説が有力です。

宗谷村

宗谷村を臨む

また、松浦武四郎の廻浦日誌にはウエントマリの反対の意味のヒリカトマリ=ピリカ・トマリ(美しい・泊地)と紹介されていることも面白い点です。

宗谷ー声問

宗谷村から稚内方面へ3キロほど走ると明治図にはリヤコタン=リヤ・コタン(越年する・村)、続けてポンオイクショマナイ=ポン・オイクショマナイ(小さい・オイクショマナイ川)さらにオイクショマナイ=オ・イクサ・オマ・ナイ(川口で・舟を渡す・にある・川)と続きます。

追久間内

見づらいですが、追久間内橋(オイクショマナイ)の標識です。

現在も富磯地区にあるオイクショマナイ(追久間内)川は、橋や地図には記載されていますが橋の川の看板にはなぜか無名川と表記されていました。(できれば正しいオイクショマナイと記載して欲しいものです)

2キロほど稚内へ向かうと明治図には私の好きな地名のひとつのマシュポポイに着きます。アイヌ語のマシュ・ウポポ・イ(かもめ・踊る・処)からで、なぜそうなのか気になる地名ですが聞くだけでウキウキしてくる地名です。

増幌

マシュポポイこと現増幌入口バス停

現在は増幌入口バス停付近の地名です。近くに増幌川が流れ地名として海岸沿いの地名であったマシュポポイですが現在は、内陸の増幌(ましほろ)地区の地名となっています。

ここからは宗谷湾沿いに人家が非常に少ない海浜砂丘地帯が声問まで続きます。増幌入口から5キロほど先に北方の原生花湿原のあるメグマ沼があります。

メグマですが、現在は沼の名前ですが本当は海岸沿いのアイヌ語地名で地名の本にはクマの意味から魚干棚ある処と訳したものが多くありますが、難解な地名です。

メグマ沼

メグマ沼を臨む(残念ながら凍っていますが・・)貴重な東京からの飛行機が偶然写っています。この海岸沿いがメグマと呼ばれたところでした。

メグマを過ぎ内陸部をみると空の玄関口稚内空港があります。また、海岸部には松浦武四郎の地図や蝦夷日誌に出てくるカムイシャハと言う地名があります。

武四郎の蝦夷日誌では「神の首と云いか。此処少しの岬、平山也。其の上に木幣を立てたり」と紹介されています。アイヌ語のカムイ・サパ(神の・岬)で、幣を建てたことからも神聖な場所であったようですが現在は残念ながら侵食されたのか岬は残っていませんでした。

ちなみにカムイシャハの地名は樺太にもみられる地名です。

まもなく今回の終点、声問に着きます。かっては天北線の駅もありましたが現在は何も残っていません。

声問ですがアイヌ語のコイトイからで、コイ・トィ(浪・くづれる)で波の為に川口がくづれるためつけられた地名です。武四郎がこの付近を探査した際の古以登以日誌があります。

声問川

声問川、この河口部がコイトイの地名になります。

内陸に目を向けると白鳥の飛来地で有名な大沼をみることが出来ます。武四郎の時代はコイトイトー(声問沼)と呼ばれ、古来はシュプントーで、シュプン・ト(うぐい・沼)と呼ばれていました。

シュプントー

シュプントー(大沼)、現在白鳥の飛来地として春は多くの観光客が訪れます。

また、現在の声問岬はウエンノッ=ウエン・ノッ(悪い・岬)と言われた地名でした。住所も近年までは声問村ウエンノチでした。無くなり大変残念です。

声問岬

ウエンノッ(声問岬)、ミルクロードからだと地形が分かりやすい。

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