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懐かしのの樺太広告
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ここでは私が個人的に気になった樺太の広告を紹介させて頂きます。
樺太の巨大電気会社、今もあれば東電ぐらいの大企業といった ところでしょうか。
過去は重要なエネルギーだった石炭も今では見る影もなくなりました。 川上炭鉱には専用の炭鉱線もあり賑わったようですが、もし日本だったらどうなったことでしょうか。
さけ めふんとはいったいどのようなものでしょうか?敷香の特産だそうです。分かる方はぜひ教えて頂きたいと思います。 >さけめふんは敷香の特産で鮭の背腸(せわた)の塩辛だそうです。お酒に合いそうな珍味といったとこでしょうか。(敷香育ちの方に教えて頂きました。情報誠にありがとうございます。)
高級なサイダーはいまだに飲んだことがありません。何が高級かわかりませんがレトロな高級サイダーを味わってみたいものです。
樺太にもあった証券会社、現在もあれば結構大きな企業になっていたかもしれません。
市場関係の仕事をしていたこともあり、最北の市場には非常に興味があります。現在、北見には魚菜市場の会社があります。
斜めになり申し訳ないですが・・、寿司・天ぷら大好きな私としては是非食してみたいです。
大きな割烹やさん、写真では旅館か芝居小屋に見えてしまいます。きっと敷香の住民で賑わった場所であったことでしょう。
こちらも敷香の大きな割烹やさん、私には敷居が高すぎて入りづらい店です。
工業や医療用ですが、酸素を売っていたみたいです。今の時代だったら、癒し系グッズとして、樺太の白樺の香りやツンドラの空気の缶詰も売れるかもしれません。
樺太の中小企業にとっては大事な会社だったことでしょう。
敷香には大きな割烹やさんが結構あったようです。こちらはいかにも旅館風です。
敷香では最先端医療の病院ではないでしょうか。
全島一の社交場だったようで、当時は多くの催しや多くの方が利用したと思われます。
いまでも北海道に残っていそうな旅館です。
いかにもレトロなトラックやいすゞのマークが素敵!、ところでこのおじさんはいったい誰なのでしょうか。
樺太の広告大賞に選びたい都屋さんの広告、敷香名物のツンドラ饅頭はぜひ食してみたい一品です記念スタンプまである処がにくい。
こんな新聞現在もあったら読んでみたいものです。
敷香方面の荷物ならここにおまかせです。
敷香で病気の際はこの近代的な病院が一番です。
敷香への旅行はここでのお泊りが一番、なんといっても先住民族の集落にいつでもご案内してくれる売りが素敵です。 旧ソ連へ亡命した、当時の有名女優の岡田嘉子さんと恋人が最後に祖国を過ごしたことでも知られる有名旅館です。 好評の(?)なつかしの樺太広告 第二段です。
樺太は林業が非常に盛んでした、製紙業もそれと関連して各地に工場がありました。
樺太の名産といえばフレップというほど有名でした。アイヌ語で赤いものという意味で、コケモモを指してその甘酸っぱい味が好まれ、樺太土産にフレップワインやフレップ羊羹・フレップジャムなどがあったようです。製薬会社がお酒を醸造しているのが珍しい。
上敷香の農場の広告、きっと昭和20年の夏は大変なことに見舞われたこととおもわれます。
敷香の大きな運送屋さん、本社は東京らしい。
昭和11年樺太年鑑、昭和6年から14年まで敷香時報より毎年発行されていました。非常にいい出来なのですが14年で終わったことが残念でなりません。印鑑に見えるのは私だけでしょうか。
昭和12年版の樺太年鑑、皇紀が記載されているところに時代を感じさせてくれます。 樺太の略図も描かれ樺太年鑑のなかでは一番良い表紙です。
今でいう小さな百貨店みたいな店でしょうか、道内にも小さなお店で何々商店と名前をそのままつけた店が現在も残っています。今となっては拓銀も懐かしいものに。 キッコーマンが亀甲万からきているとは勉強になります。
写真館の広告、広告を見るだけで手広く商売をやっていたことが伺えます。
私が大好きな本屋さん、ぜひ最北の本屋で立ち読みがしたかったものです。
樺太で一番大きな新聞でした。歴史にもしということは存在しませんが、現在も当たり前に発行されている新聞であると素晴らしかったのですが。
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