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海馬島(トドモシリ)地名考
大変貴重な海馬島地形図(一部重複) |
海馬島の地名について 昭和16年次751名の島民がいた海馬島の地名について紹介します。 松浦武四郎の蝦夷日誌より トドシマ長三里、巾一里半。樹木なし。只上に小き樹木有るよし也。周廻皆岩石にし海鼠多し、又海馬多し。故にトドシマの名あるよし也。 従此処海上七里といえり。水豹多くして汐干る時は岩かと思う程岸に来るよし也。夷人共漁事少なき時は、この島に至りて水豹漁をするよし也。 西人この島を指してモン子ロンと号せし也。西人は則ラベロウセの事也。 又、武四郎の樺太の北蝦夷山川取調図には海馬島にも20数個のアイヌ語地名が記載されています。ぜひどんな地名があったのか確認したいところです。 昭和の海馬島の地名 北古丹・南古丹 村の役場のあった北古丹その隣の南古丹が村の中心地だったと思われます。語源はアイヌ語のコタンまたは、江戸時代に地図から判断するとイソコタンからで、イソ・コタン(平磯ある・集落)と考えられ昔から此処にアイヌが住んでいたことが伺え知れます。
南古丹より沖ノ島を望む
沖の島より北古丹を望む。 長濱 もちろん和名で長い浜があったので名付けられたのであろう。地形図から灯台があったようである。 鴎沢 ここも勿論和名で鴎が多く、沢があったことから名付けられた地名でしょう。そこそこの集落があったようです。
鴎沢の集落 海馬浜 名前のとおり、島の名前でもあるトドが多いことから名付けられています。此処はお花畑が素晴らしいところでもあったようです。たぶん、今の礼文島のような光景が広がっていたと思われます。
海馬浜のお花畑 泊皿 海馬島北端の集落、地形図からも大きな集落だったことが分かります。語源はアイヌ語のトマリサラからでトマリ・サラ(停泊地・空いている)で、空き地のある入江を意味します。実際地図上からも海馬島では珍しく平坦な地になっています。 宇須 北古丹の北隣にある地名でアイヌ語のウス(湾)からきています。北海道の有珠と同じ意味です。 |