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国鉄胆振線 (昭和43年)

国鉄 胆振線

昭和43年6月弘済出版社「道内時刻表」より

昭和61年に廃止された胆振線、廃止の当日のニュースで病院の人たちがさよなら列車に手を振っている光景を思い出します。結局私は胆振線には乗ることができず、廃止から15年ほど経ってからはじめて代替バスに乗りました。とても景色が良かった路線だったのが伺える素晴らしい車窓でした。

有珠山の噴火に翻弄された胆振線ですが昭和43年頃が全盛期かもしれません。札幌発の循環急行「いぶり」をはじめ、伊達紋別から夕方の久保内行き、そして極めつけが京極からの脇方支線です。

脇方支線はこの時刻表の2年後、昭和45年には廃止されています。もともと鉱山用の支線だったようです。今では処分場があるだけで集落すら存在しない場所のようですが当時は小学校もあり、倶知安への直通4往復をはじめ合計6往復も列車があります。

現在でも6往復以下のローカル線はありますから充分な本数といえます。ちなみに脇方ですがアイヌ語のワッカタサップからきた地名です。

また時刻表を見る限り、胆振線自体はこの頃すべて気動車で運転されています。そうそう急行いぶりは1両で運転されているのでそれなりに有名な列車でした。まぁ〜札幌発札幌行きなので相当な物好き意外は全区間乗る方はいないし、函館線では急行らいでん(岩内行き)を連結して運転していたので多客期以外は充分だったのかもしれません。

ドバイでは高いタワーができる時代ですが、この時代に戻って脇方へ列車旅行をできれば、ディスカバージャパンできっと面白いだろうになぁと思います。

宇宙はいかずともいいので過去を旅行できるマシンがほしいものです。こんな楽しい道内時刻表を見ると強くそう思います。

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