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厳寒の稚内・抜海村冬紀行05年

抜海港

このコーナーでは2005年末に稚内市抜海村に行った際の記録です。冬はゴマちゃんがいることから近年注目の?スポットになっています。

抜海岩

抜海といえば、やっぱり地名の語源になった抜海石、松浦武四郎の蝦夷日誌にはバッカイ石についての記載もあり、「バッカイ石と云うもの有。大なる丸き石の上にまた三位ぐらいの丸石有。ここに七五三(しめ)をはり、エナヲ(木幣)、立て、華表等を立、まつる也。と記され江戸時代には神聖な場所だったことがわかります。

抜海石ですが、稚内市の指定遺跡で洞窟からオホーツク式土器や人骨などがでてきており太古の昔から生活があったようです。(その頃はこの地もそれなりに暖かかったと思いますが)

抜海

抜海港のゴマを見るため、集落にある宿「ばっかす」をいざ出発、集落には風雪に耐えてきた昔ながらの家をみることができます。

抜海港

抜海港、江戸・明治時代までは利尻・礼文への渡海地で、稚内港が流氷で覆われた際の補助港です。冬の静かな港もいいものですがこれで結構写真では分かりづらいですが雪が降っています。

抜海

ゴマに会いたいと前へ進みましたが途中から猛吹雪、視界も悪く、吹き溜まりも凄いので一旦宿へ退却、途中の漁港施設も吹雪でよく見えません。その後2度目のチャレンジも宿を出てすぐに風が凄くすぐに撤退!抜海の冬は厳しい!! とりあえず、朝食後ラッセルツアーに参加

抜海駅

宗谷線最北の木造駅舎が人気の抜海駅に到着、表側は外壁を補修して奇麗です、看板はサロベツノロッコ号の乗車記念になっていましたがいつ復活することやら?

抜海駅

抜海駅もホーム側からみると木造のとってもいい雰囲気が残っています。

ラッセル車

お目当てのラッセル車が抜海駅へやってきました。冬は定期的に走るらしいです。

ラッセル車

だんだん近づきます。完全に鉄の領域(笑)

ラッセル車

もうひとつおまけのアップ写真

ラッセル車

抜海駅で上り列車と交換、見てのとおり後は雪で凄い状態にまさに北の列車の風格

抜海岬

ラッセルツアー終了後、またゴマを見るため港へ、ノシャップ方面を見たら鳥が一羽、こんな天気が悪いのに感心してしまいます。

抜海 アザラシ  ようやくゴマポイントに到着しゴマフアザラシをみることができました。来たかいがありました。

ちなみに12月28日は今期はじめてアザラシ観測所が完全閉鎖になったようです。

抜海 アザラシ

多勢に無勢、私ひとりでじっくり見ていましたが、どうもこちらが見学されているような気がしてきました。(プカプカ浮いてはこちらをジ〜〜っと見ています)

抜海

稚内市抜海村集落:右側のアンテナに抜海石、写真左端が抜海小中学校になります。

ここで抜海小史

抜海の地名について調べますと、江戸時代の寛文9年の文献にはつかいへ(津軽一統志)が初めてのようです。バッカイの語源についてはアイヌ語のバッカイペがらで、ポ・カィ・ぺ(子・背負う・もの)でバッカイ石からきています。

また松浦武四郎の竹四郎廻浦日記では「地形岬の平地にてライムニキナ・ホラヤキナ多く生えたり。海岸小石にして其内には少しの船澗様に成りたり。上は峨々たる崖にしてその傍らにハッカイ岩と云大なる丸岩一つ有。番屋立継の止宿所一棟、煎海鼠製造小屋一、雇夷人小屋一棟、板くら四棟、かや雑くら五軒並に弁天社等美々敷立。夷家三軒、人別十八名。乙名ナイボ・ムメロキ支配する也。海産鯡・鮭少し。海鼠多し。其外雑魚・海草類あり。馬も有るなり」と詳しく記されています。

明治の23年ごろまでは稚内から天塩までの馬路があっただけだそうです。明治24年の戸数1人口12(男4・女8)で31年に小学校の分教場が32年には駅逓所が設けられています。

また、明治8〜9年まで千島樺太交換条約でやってきた樺太アイヌが99名バッカイ村で過ごした後石狩の対雁に強制移住させられました。(興味がある方は、対雁の碑・北海道出版企画センターに詳しく載っています)

抜海駅

相変わらずの悪天候の中、私を乗せる下り列車がほぼ定刻にやってきました。運休にならないか心配しましたが流石はJR北海道、心なしかいつもの鈍行が力強く見えました。

抜海整理券

乗車記念?に整理券、入場券代わりに安くていいお土産になります。

スーパー宗谷

帰りの鈍行が雄信内で列車待ち、稚内行きの列車が颯爽と懸けて行きました。こんな列車の旅もいいだろうなと思いつつも、やっぱり鈍行かなとおもい再び列車に乗りました。

抜海

最期に私のお宝本(昭和5年)から昔の宗谷線の抜海丘陵からみる利尻の写真、画像を小さくしたので分かりづらいですが、画面左中央部の黒の斑点は牛か馬が放牧されています。また右側手前には開墾されており現在と随分違って人の手が加えられています。

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