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三井芦別鉄道 (昭和43年)

三井芦別鉄道

昭和43年6月弘済出版社「道内時刻表」より

昭和43年は高度成長期、北海道もまだ過疎化がそれほどでもなく、現在は地図から消えた小さな集落が道内各地に点在した活気がある時代ともいえます。今回は、空知管内芦別市頼城地区を走っていた三井芦別鉄道をご紹介したいと思います。

三井芦別鉄道は昭和15年に開業した運炭を目的とした鉄道で芦別〜頼城(玉川)間9・6キロを結んだ鉄道です。三井芦別炭鉱自体は平成4年閉山と北海道では比較的長く持続した炭鉱ですが鉄道自体は平成元年に廃止されています。といっても貨物部門で、旅客部門の廃止は昭和47年6月とこの時刻表の4年後には廃止されています。時刻表では頼城が終点ですが玉川まで走っていたようです。

時刻表をみると3年後の廃止が嘘のように沢山の列車が気動車で運転されています。朝の5時代から夜の10時まで非常に便利なダイヤです。これほどの本数があるのは現在の北海道だと旭川近郊ぐらいかもしれません。

炭鉱の合理化や沿線のバスの充実で廃止されたようです。そのバス路線も2008年3月末に中央バスが撤退し、現在はキラキラバスが4往復ほど走っているそうです。実は私も頼城が候補地に上げたことがあったのですが中央バスの撤退や抜海病になり断念した経緯があります。

中央バスも最近は撤退が多くなり、私が乗った万字線(毛陽交流センター〜万字局前)・幌内線(三笠ターミナル〜幌内中央町)などが廃止されています。中央バスが走っている時代に行きたかった。。。そんな思いが頭をよぎります。

ちなみに沿線地区ですが昭和61年の基本台帳を見ると下記のような記録があります。まだ炭鉱がある時代ですので人口も多いのが特徴です。

西芦別町(3066名) 三井芦別鉄道、三井芦別駅を中心に街が形成された炭鉱町で最盛期に比べれば人口は減ったものの現在でも市の主要な町になっている。

中の丘町(59名) 変電所やスキー場がある。

緑泉(ろくせん)町(709名) 炭住地帯で頼城小学校や頼城中学校がある。

東頼城町(250名) 寺院が多い地区

頼城町(1679名) 三井芦別鉄道、頼城駅を中心に街が形成された炭鉱町で現在でも市の主要な町

となっていますが、現在は炭鉱が閉山され20年近く経ち、どの地区も恐らくは人口がかなり減っていると思われます。

頼城といえば頼城小学校を思い出します。最盛期の昭和30年代には2200名を越える生徒さんが通った小学校も平成14年には閉校されています。この校舎煉瓦造りで現在は文化財に指定され今も通信大学の校舎に使われているようです。こんなことを書いていると、頼城に行ってみたくなるのですが、なんせバスは不便だし、片道歩くなら頼城からゆっくり歩きたいしといろいろ妄想してしまいます(笑)

今でも行けば何かで出会えるようなそんな頼城。。。。行って見たいです。

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