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管理人サルルの東北太平洋沖地震と福島原発事故A

2011年3月11日14時46分、私の人生においてとても悲しい東北太平洋沖地震がありました。北海道やアイヌ語地名と関係なく「カムイミンタラ」のサイトの趣旨とは離れますが番外として私の経験をここに残しておきます。

今回の東北太平洋沖地震で亡くなられた多くの方に謹んでご冥福をお祈りするとともに被災された多くの皆様に心よりお見舞い申し上げます。また地震と併発して起きた東京電力による人災(国内最大の原発事故)の収束のため活躍する消防・自衛隊・東電の極一部の方・そして下請けの方に深く感謝いたします。福島がいつまでも安全で暮らせる街であり続けることを今はただひたすら祈っています。

また今回の大事故を引き起こした東電の幹部並びに原子力安全保安員・原子力安全委員会には福島県民として大変憤りを感じます。福島県民はあなた方の行為や無責任な言動を終生忘れず許すことはないでしょう。最悪の想定ができないのでしょうか?すべて結果が出た後に想定外で片付けようとするのは卑怯千万です。

サイト公開以来、意外にもアクセスがあり、見ていただいた方に感謝いたします。カムイミンタラのサイトの趣旨からは外れておりますが、決してネタ切れではなく(笑)、被爆地にされたフクシマの現状を他の地域に住む方に少しでもご理解いただけるひとつの手段として続編をつくることにしました。もちろん内容はたいしたものではありません(笑)

福島原発の事故以来、農産物に留まらず、福島県人というだけで放射能に対する認識の低さから差別される事案もニュースでたびたび伝えられ、同じ県民としてとても悲しく悔しい気持ちが致します。誰も好きで放射能を浴びているわけではありませんし、まだ人体に影響のない低いレベルです。地震に津波・原発事故と一番悲惨な状況なのですからどうか冷たい目で見るのはやめて頂きたいと心からそう思います。尚、1回目はこちらになりますので見てない方はこちらをクリックしてください。

4月になり被爆地フクシマも随分日中は暖かい日が増えてきました。あれから終息どころか事故の長期化が決まった福島原発ですが、地震当時のような大事故が減ったお陰で、私の住む福島市も随分放射能は減ってきました。それでも県庁所在地では全国1ですし、県内でも原発の北西側にあったため、30K圏内の屋内退避地域より場所によっては放射能が高い状態が続いております(涙)。。こんなこと全く自慢にもなりません、しかも汚い放射能でフクシマが世界で今もっとも?有名になってしまいました、微妙です、ちなみに各学校や保育園・幼稚園の放射線も測定され、うちは市内でも放射能が高い方だとわかりました(涙)あ〜〜ぁ。

4月3日は、花見山へ行ってきました。こんなフクシマになってしまいましたが確実に春はやってきています。まだ梅の時期ですが(笑)今年は寒かったので去年より1週間近く遅れています。

4月5日は、とうとう長崎へ緊急避難させていた息子が福島へ帰ってきます。ちょっとは向こうで安心して寝れたかな?昼に駅まで迎えに行きました。水もようやく安心して飲めるレベルまで下がり♪、私も震災以来久しぶりに外に洗濯物を干しました♪なんとなく日常が戻ってくるようで多少は心が躍ります。久々に鉄道も郡山〜福島間が復活し、息子は那須塩原から郡山まではバスですが、そこからは普通列車で帰ってきました。

左写真は震災以来久々に東北線の郡山方向へ電車が走りました(4月5日)、写真中央は駅前のバス停より仙台行き高速バス(仙台方面はまだ鉄道未開通)、昼ごはんに息子と行った近所の松屋。

東京を朝に出た息子は那須塩原までは新幹線を使えたこともあり11時53分に福島駅に着きました。早めに駅に来た私は春の幻切符を払い戻し少し金持ちになりました。昼ごはんは近所の松屋で食べました。のぼりを見ると牛めし1杯240円の文字、「ふふふふっ、2杯食べるか」と息子と意気込みましたがキャンペーンは2日後からでしたので1杯で我慢したのは実に私らしい行為であります(爆)

久々家族3人そろい何だか嬉しいひと時が過ごせました♪明日から息子は学校が震災以来久々の再開です。昔のようにはいきませんがまた昔の生活に戻ったような。。。。

4月6日、学校から戻った息子の話では、20名ほど南相馬からの避難者が転校してきたそうです。うまく学校生活に馴染んでくれるといいですが。。。テレビのニュースでは、ある小学校が出ており、予定の3倍もの新入生が転校により入ったようでした。皆さん思い・事情はそれぞれですが、原発事故の早期解決を思う気持ちだけは一緒です。

午後からPCが勝手に何度も再起動するため(後に解決)仕事ができず、花見山へ行ってきました。もしかして気温も高いので東海桜ぐらい咲いてるかもと思いましたが、相変わらず桜は咲いてませんでした(^^;;

4月7日、今日も我が家は平和に終わる予定でした。。。。。

布団に入り私は寝転びながら、司馬遼太郎の本を読んでました。23時32分、あぁ〜思い出したくもありませんが、また超怖い地震が襲ってきました。福島市自体全国的に見てもとても広い市なのですが、前回の地震でも私の地区は被害が中心部より大きく、どうも地盤が緩いのか断層があるのか分かりませんが、よく揺れている地域であることは間違いありません(涙)地区により大きく差があることを感じます。

最初は小刻みな縦揺れから始まり、すぐに大きな揺れになりました。前回と違い2階の寝室にいたので余計揺れているように感じました。もう震災のときのような揺れは2度と経験したくなかったのですが、今回も同じぐらいの揺れになり、怖くて涙が出そうでした。また家が壊れると思いました。

前回の半分ぐらいの時間?で揺れはようやく収まりました。正直、今はちょっとした揺れでも震災の揺れを思い出しビクビクする体質になっているので私は十二分に戦慄しました(涙)とりあえず、被害の確認と風呂に水を貯める事にしました。テレビでは最大余震で宮城で震度6強と言ってました、ここもたぶん5強ぐらいの揺れだったと思います。

見えない放射能の恐怖だけで充分でしたが、巨大余震で心がへこみそうです(涙)地震は本当に怖いですね。洒落になりません。地震が全くと言っていいほどない実家の長崎が天国に見えます。

結局、瓦が新たに1枚割れたほかは、本棚の本などがまた落下する程度でした。前回の地震で、倒れないように配置換えしたのも多少は効果がありました♪それでも重い本棚は結構動いてました。まだこのクラスの余震もありそうでし、原発事故もまだ予断を許されない状態が続いているのでまた不安が増してきました。安心に暮らせるのは西日本と北海道だけかもしれません。1月前の日常がこれほど変るとは、やはり映画や夢であってほしいものです。。。。

フクシマの現状:4月4日のニュースより フクシマ原発事故、危機程度は日本政府発表より海外分析のほうが緻密

。。。日本は隠すレベルではなく、実は海外のレベルほど分析する専門家がいない可能性のほうがありそうなので、ぜひ海外から専門家を雇い入れし早急に解決の道を探って欲しい。招聘にかかる費用は、原子力安全保安員や原子力安全委員会を解体すれば多少は捻出される。実際事故のレベルはすでにレベル6になっているにもかかわらず日本はまだレベル5から変更すらしていない。。

フクシマの現状:4月4日のニュースより 日本で公表されない気象庁の放射性物質拡散予測

。。。隠蔽は日本得意の技でしょうか(笑)

フクシマの現状:4月4日のニュースより 積算線量10ミリシーベルト超も専門家「リスク極めて低い」浪江町で、3月23日から11日間の積算放射線量が「屋内退避」の目安となる基準値10ミリシーベルトを超えたが原子力安全委員会は退避圏の拡大に否定的

。。。。まだ原発事故が深刻な状況で放射能が漏れ続ける事態でありながら人命軽視なのか、東電がスポンサーなのかわからないが、安全委員会の対応は疑問だし説明不足、根釧原野のように人口が希薄ならすぐに避難勧告にしたなんて疑いをもちます。特に若い人は放射能の影響を受けやすいだけにより安全な策をこうじて安心させるのが普通です。東電もすぐに飯館村や浪江町のために避難所やホテルを提供すべきと思います。

フクシマの現状:4月5日のニュースより 福島第1原発、汚染水流出付近で最大750万倍のヨウ素

。。。。とうとう深刻になってきた東電による海洋汚染、この後、低濃度の汚染水も排出し漁業関係者を中心に抗議や非難が続出、ちなみに低濃度といっても世界的に見れば低濃度ではないらしい(笑)あくまでも東電に超高濃度の汚染水があるための比較である。保安員は海は広いので薄まると酷い言い訳をしてましたが無責任すぎます。

フクシマの現状:4月5日のニュースより 魚も出荷停止へ 茨城沖のコウナゴ、高濃度ヨウ素検出で

。。。。検出前まで専門家は魚は海水で薄まるし、吸収するまでに時間がかかるので問題はないと言っていた矢先のこの失態、やはり国は全く信用できない国民健康へのリスク管理が全く喪失している。

フクシマの現状:4月6日のニュースより 原子力安全・保安院 経産省から分離…新たな規制機関へ

。。。。独立しても今更意味はない、即刻廃止して第3者機関を設置し、外国の専門家を入れて本当に原子力安全の最高の機関をつくるべきと思うのが国民の願いと思います。こんな機関にしても官僚を馬鹿にしてはいけません。彼らはきっといろんな手段を使って天下り機関に変えます。そんな技は天才的ですから(笑)

フクシマの現状:4月6日のニュースより 妊婦と乳幼児、村外避難へ…飯舘村が独自方針

。。。。飯館村の対応は至極もっともです。どうして国はここまでなっても動かないのでしょうか?住民の安全が一番のはずなのに大変残念です。できれば乳幼児だけでなく、15歳以下までに範囲を広げ、東電と国で責任をもって対応すべきです。対応の遅さ・まずさに住民の不安は増す一方です(涙)

フクシマの現状:4月8日のニュースより 原発30キロ圏外に高汚染地点 3カ月後も最大400倍

。。。。こういう切実な問題はテレビにならない(涙)もちろん東電にお金を貰ったり電気を貰っているからである。しかしここで暮らす人間はとても深刻な問題です。生命を脅かされています。放射能の内部被爆が増えるのは恐ろしく目ではわかりません。小さな子供は特に心配です。

フクシマの現状:4月8日のニュースより 汚染農地の稲作制限へ 5000ベクレル超で

。。。。日本の専門家にお墨付きを得たそうですが、これが一番危険です。原発も絶対安全と反対派を一蹴したり、過去の公害や薬害エイズの対応を見ても分かります。これらに関わる専門家が一番怪しいです。本当なら日本の農業のためにWHOやIAEAなどをまじえてお墨付きを得ないと海外・日本から信頼されません。

フクシマの現状:4月9日のニュースより コメ作付け禁止基準を発表 土壌汚染、近く地域設定

。。。。今県内各地で農地の放射能測定が行われています。私は仕事柄桃畑が一番気になりました。国の不安な基準ではチェルノブイリレベルレベルで汚染されている飯館や浪江の一部は対象になるようですが、これって食の安全を無視した暴挙に思えます。しかも事故は続いています。ロシアではこのレベルで強制移住になっています。日本は人権を無視した旧ソ連以下の対応をしようとしているように思えます、もっともこれなら東電や国の賠償を最小限度に抑える効果はありそうです。

4月10日、日曜日は暖かく晴れ上がり花見山へ出かけた。予想通り東海桜などが咲き始めていた。少しだが嫌なことを忘れることができました。

4月11日、あっという間どころか数年分ぐらい長く感じる1月が経ちました(涙)、1月の間、原発事故のために随分泣かされました。思い出したくもありません。。。。14:46分というか45分から47分まで黙祷しました。46分は怖くて時計を見ることができませんでした。本当に恐ろしい地震であり今も続く原発事故です。

未だに大きな余震も多く心も休まりませんし、また原発が爆発しないかここが累積被爆量で避難対象地域にならないかなど、本当に不安と心配でいっぱいの状態が続き神経が随分磨り減ったような気がします(^^;;低レベル放射能を浴びながら息子のこともとても心配であり、今、ここを脱出させないことは罪なのではとも思います。

結局今の段階では益々不安がましたというのが正直なところです。来月がどうなるのかさへ今は怖いです。まさかこんな怯えることになるとは、、、、4月7日の大余震は本当にききました。もう一人で市外へ遊びにいくことすらできません。

サイトをアップした数時間後の夕方より、福島県浜通りを震源とするマグニチュード7の大きな余震がありました。今回は余震が多く、ずっと揺れ続けています(涙)またこんな大きな地震で精神的に参りそうです。原発も心配ですし、もうここは残念ですが安住できる土地では無くなりました(大涙)、ついでに情けない話ですが数年ぶりにストレス性の喘息まで再発し気分はブル〜です(^^;;

4月12日、天気もよく気温も高め、自転車で30分もかからないぐらいなので花見山に行ってくる。気分転換には最高の場所、今年は放射能があるので花見客も少ない。そういえば東北新幹線が福島まで復活しました♪有難い、これで何かあったときも素早く脱出しやすくなります。強い地震だとダメでしょうが(^^;

4月13日、今日も天気もよく気温も高く初夏の陽気です。福島の春らしいです。一挙に気温が高くなって花が咲いて風が吹いてすぐに散るパターンが多い福島です。今日も仕事を早めに片付け夕方近くに花見山に出かけてます。

4月14日、今日も天気もよく気温も高く初夏の陽気です。空は最近の陽気で霞んでいます。飽きもせず今日も花見山へ、この日ぐらいまでは大きな余震が怖くずっと怯えるような生活でした。あの緊急地震速報は毎回ドキッとします。しかも福島県が入ってるときがなぜか多いんですよね(涙)

この日は早めに仕事を済ませ、新幹線リレー号も撮りました。車両は国鉄型の583系、私が小学校時代に好きだった車両が最後の活躍をしている噂を聞いて撮ってきました。

フクシマの現状:4月12日のニュースより 東電、「チェルノブイリ超える懸念も」

。。。。これがレベル7の実態、今はまだ10分の1かもしれないがまだもれ続けています。早く避難させないと福島の子供や若い女性の将来が大変心配です。危険なことは全くテレビで放送されません。たぶん東電に電気を止められても困るし沢山お金を貰っているし、そうそうパニックになったら困るという理由で本当のことを隠しているんでしょうね。

フクシマの現状:4月13日のニュースより 放射性ストロンチウムを検出=原発30キロ外、福島6市町村

。。。。なぜ出ないのか?不思議に思っていた危険なストロンチウムがついに検出、危険なだけに学校では生徒児童の安全を考え外の授業はなし、窓の締め切り等が行われているが夏はいったいどうするのか?農産物に含まれていたらいったいどうするのか?とても不安である。国の基準があいまいで人命軽視路線のため注意する必要がありそうです。

フクシマの現状:4月13日のニュースより 学校再開基準、年10ミリシーベルト以下 原子力安全委員会

。。。。大人より子供が放射能の影響を受けやすいことを考えれば当然の措置、多少は喜ぶべきだが、チェルノブイリでは5ミリシーベルトが避難対象になったのを考えると、今も放射能を漏れ続けるフクシマ原発を考えれば危険である。もっと福島県の子供の命を真剣に考えて欲しい。長期戦になるのですから。。。

フクシマの現状:4月14日のニュースより 避難苦? 飯舘村102歳男性が自殺

。。。。また出てしまった悲しい事案、もちろん東電や国の責任である。100歳以上まで生きた人がなぜこのようなことをすることになったかをよく考えて欲しいものです。まずはどのような事態でいかに酷い状況かを住民に正確に伝えるべきです。東電と同じ隠蔽体質では余計に悲劇が生まれるだけです。

フクシマの現状:4月17日のニュースより 原子力安全委委員会38日目でようやく福島入り

。。。。こんな怠慢が許されるのか大いに疑問、原発事故がおきれば直ちに現場に行くことが決まっている原子力安全委委員会委員が福島に来るのに1月もかかるとは。。。歩いてももっと早いです。やる気がないのは明白即刻廃止すべき。福島が安定したので自分らも安全と思ってのこのこ来たのでしょうか?福島県民には20ミリシーベルトとチェルノブイリの4倍も高い値で避難対象にしようとしてますが、自分らは子供より(年10ミリシーベルト以下)随分安全になってから来るようです。彼らの言うことを信じれというのが無理というものです。彼らが薬害エイズの教授と重なって見えます。国のお抱え学者はいつもこの手の専門家で固められています。悔しいですね。

フクシマ原発事故は、他の県民の方にも強く関心を持って頂きたい切実な問題です。中部大学の武田邦彦先生のブログは大変参考になりますのでお勧めします。

今後の原発事故の終息を祈りまた一旦ここで筆を置きます。とりあえず終息には長い長い期間がかかりそうなだけに心配・不安が取り除けないのが被爆地フクシマの現状です。

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