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天北線さんぽ@ (音威子府〜小頓別)

天北線

2011年1月3日、国鉄天北線(音威子府駅〜南稚内駅 148.9K)跡(現:宗谷バス天北線)をさんぽしました。写真が重いこともあり少しずつですが区間を区切りご紹介したいと思います。今回は1回目として音威子府から小頓別までになります。

2010年宗谷バス秋の改正で音威子府からの天北線代替バスは3割削減されとうとう4本と、鉄道時代より少なくなってしまいました(涙)ただ確かに人口の過疎化や中頓別農業高校の閉校などで利用者が凄く減っているのも事実です。ぜひ皆さんも宗谷バス天北線をご利用ください。

私がはじめて北海道を感じた天北線、バス路線になってもまだ魅力が衰えることはありません。

天北線

さて天北線は基点の音威子府駅より宗谷本線の別れ音威子府川沿いに北上していました。音威子府の地名はこの音威子府川よりきたアイヌ語地名でオトイネップ=オ・トイネ・プ(川尻が・よごれている・もの)を意味しています。最初の駅とえいば、上音威子府駅で2004年ごろまでボロボロになった木造駅舎が残っていましたが残念ながら現在は撤去されています。

今は駅舎もなく、バス停以外に上音威子府を示すものはなく、思わず通りすぎてしまいましたが(汗)そんな上音威子府も昔は林業・馬鈴薯などの畑作や副業で木炭製造などで栄え、昭和10年次には445名、30年次でも298名もの人がこの寒さ厳しい山里で暮らしていました。北大演習林事務所や上音威子府小学校(昭和50年閉校)もあった集落ですが現在は無人の原野となっています。ちなみに昭和61年には4世帯8人が暮らしていました。かって500名近い人が暮らしのが信じられないような現在の景観です。

上記写真は昭和50年代初頭に撮影された上音威子府地区、中央の黒丸が北大演習林事務所、右の黒丸が天北線上音威子府駅に該当します。進行右が浜頓別方向、左が音威子府方向になります。「国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省」より引用。

天北線

上の写真は現在も残る天北線の遺構のひとつ「嘉平(かへい)川橋梁」になります。(位置的には上音威子府駅より1キロほど先の地点)嘉平川は以前のエプイコオトイネップ=エプイ・コ・オトイネップ(小山・に向かう・音威子府川)に該当する川で、この付近ですぐに合流する天北川(道路の橋梁表記では天北川)はシンノシケオトイネップ=シン・ノシケ・オトイネップ(本当に・真ん中の・音威子府川)に該当する河川になります。

天北線

次に目にすることができる天北線の遺稿が、音威子府駅より11K先にある天北峠にある上音威子府跨線橋です。標高は120メートルほどとそれほど高い峠ではありませんが原生林に囲まれた峠にふさわしい景観です、跨線橋より稚内方向を見ると、天北峠にあった天北トンネル(376メートル・写真緑の枠)入口や路盤がよくわかります。

このトンネルを越えると音威子府村から中頓別町に変ります。トンネルを超えしばらく行った場所には昭和40年に廃止された天北栄仮乗降場があったようですがこちらは早くから離農し無人の原野となっているようです。

天北線

天北峠を降りると、中頓別町第二の集落「小頓別」に入ります。林業が盛んな他、歌登や枝幸方面へ行く交通の要衝で以前は天北線小頓別駅より歌登町営軌道が歌登や北見枝幸を結んだ時代がありました。町営軌道廃止後も急行天北の時間にあわせて北見枝幸行きのバスが走っていましたが今は利用者の減少で廃止されています。また小頓別小中学校も平成21年春に閉校したようです。

天北線開業時には開拓だけでなく木材集散地となり旅館や料理店が軒を並べたそうです。昭和30年次には768名もの方が暮らしていました。

天北線

昭和50年代初頭の小頓別地区、左の黒丸が小頓別小中学校、中央の黒丸が天北線小頓別駅になります。進行右が浜頓別方向、左が音威子府方向になります、「国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省」より引用。

天北線

天北線の遺構ではありませんが小頓別でぜひ見てほしいのが、旧丹波屋旅館です。大正3年頃に小頓別の駅前旅館として建てられ昭和の初めには洋館を増築した和洋折衷の瀟洒な旅館です。現在、国の登録有形文化財に指定されたようです♪

天北線

逆側から見てもとても素敵な丹波屋さん、一度見ればとても気になる建造物です。

天北線

小頓別駅はなく、駅跡はバス回転のロータリーになり横に立派なバス待合所があります。

天北線

小頓別のバス待合所には駅時代の駅名板があります。

天北線

小頓別には歌登町営軌道が走っていましたが頓別川に架かっていた橋台が現在も残されています。橋脚自体も近年までありましたが道路改変時に残念ながら撤去されたようです。

天北線

別方向から見た橋台と頓別川、天北線にあった「浜頓別・中頓別・上頓別・下頓別・小頓別・北頓別」駅(仮乗降場)はすべてこの頓別川が語源になっています、頓別川は北見山地のポロヌプリ・珠文岳を水源とする川で浜頓別よりオホーツク海に流れ出る河川です。アイヌ語のトンベツ=ト・ウン・ペッ(湖に・入る・川)からきたアイヌ語河川です。

尚この天北線さんぽでは稚内の知人「くもゆにさん」に大変お世話になりました。バスすら鉄道時代より減った天北線、くもゆにさんのお力がなくてはとてもさんぽは不可能でした。私のワガパパをこころよく受け入れてくれたこと、そして天北線沿線の天候にも深く感謝します。

実はこの日の予定は浜勇知・夕来・オネトマナイ・稚咲内・オトンルイ・サロベツ方面から利尻を見たり、豊富の新しいサロベツ湿原ビジターセンターに立ち寄ったり、坂の上の雲第3部のロケ地大規模草地に行って頭の中に「旅順要塞・遼陽・黒溝台」そしてミシチェンコのコサック騎兵などを妄想する予定でしたが利尻が見えませんでしたので大幅に予定を変えさせて頂いたので運よく実現しました(笑)

続きの2回目は下記画像をクリックしてください。

天北線さんぽA

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