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三井美唄さんぽ2011@

三井美唄

2011年正月、私にも変化の時代がやってきました?そう久々に空知の炭鉱跡をさんぽしました♪、赤平や歌志内を堪能した私は、函館線に乗り、次の目的地、美唄へとやってきました。

美唄には、三菱と三井の大きな炭鉱がありました。今回はそのひとつ三井美唄へのさんぽです。三菱美唄へは以前バスで行ったことがありますが三井は初めてなのでとても楽しみです。南美唄ともいいますが、未だに三井といっても地元では十分通じる地域です。

三井美唄炭鉱は昭和3年開坑、38年閉山とわずか30年弱の炭鉱でしたが現在も炭鉱時代の住宅が多く残る貴重な地域です。夕張なども殆ど無くなった現状では一番炭鉱時代の面影を偲べる地域かもしれません。鉄道の函館本線(南美唄線)も昭和46年には廃線になっていますが、閉山後もこれほど大きな集落が残っているのは珍しいかもしれません。

以前は北海道バスの大手、中央バスさんが運行していましたが、現在は美唄市から委託された美自校バスが1時間に1本ほど駅から南美唄6丁目まで運行されています。

駅から3Kほどなので歩く予定でしたが丁度10分ほど待てばバスが来るので美自校バスに乗り南美唄へ行きました。途中すべての椅子が埋まるほどお客さんが多いのは意外でした。終点?南美唄6丁目に着きました。終点なのに以外に乗客は乗っており、降りたのは私ともう一人のご老人だけ、あれ???バスは乗客を乗せたまま、どこかへ旅立ちました(笑)どうやら集落をくまなく走るんでしょうね。

三井美唄

南美唄6丁目バス停、待合室はもちろん中央バス時代のものを継承しています。いまでも中央バスの走る区間で良く見られる待合所です。隣の集会所?ですがとてもいい建物です。期待通りの三井美唄です。

三井美唄

夕張では殆ど見かけない木造の炭住が未だにあちこちにありました。北海道の歴史を伝える意味でも増毛に負けない貴重な集落に思える三井美唄です。ちなみに今回紹介の地域は三井美唄炭鉱の鉱員用の住宅がある地域になります。職員用は次回に紹介します。

三井美唄

生活観が漂う三井美唄

三井美唄

一方ではこのように朽ち果てる廃屋が多くある三井美唄。

三井美唄

南美唄5丁目

三井美唄

こちらは木造ではない近代的な鉱員用の集合住宅と思っていましたが、炭鉱閉山後に炭住を取り壊し作られた市営住宅だそうです。ご教示ありがとうございました。

三井美唄

こちらの風格ある建物は、元三井美唄消防署です。1階部分はちょっと建て増しされてますが、この場所には消防車が入っていたようです。

三井美唄

静かな公園、以前は沢山の子供たちが遊んでいたのかもしれませんね。

三井美唄

さて、こちらは三井美唄互楽館、昭和30年誕生の当時道内最大最新設備を誇った映画館が現在も外観状は残っています。演劇などの上演も行われ、新作映画の封切り日には街に長い行列ができたそうです。炭鉱時代の栄華を伝える建造物です。閉山とともにヤマの娯楽場は8年ほどで閉館しました。現在は倉庫として活用されているようです。

三井美唄

未だに広い炭住街が残る三井美唄、歩き回ればいろんなものが見えてきそうです♪

三井美唄

上記写真は昭和50年代初頭に撮影された三井美唄(南美唄)地区、写真下の大きな空き地は現在自衛隊の駐屯地になっています。写真左上の黒丸が南美唄6丁目バス停付近、右の黒丸は三井美唄互楽館になります。「国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省」より引用。

三井美唄、期待通りのよき場所です。さんぽはまだまだ続きます。

続きは下記画像をクリックください。

三井美唄さんぽA

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